高浜・吉浜に春を告げる「こども雛行列」。
東京から引っ越してきた5歳の少女・陽咲。
仕事に追われる母。
老人ホームへ入った祖母。
そして、なくしてしまった大切な人形・ヒメ。
寂しさの中で参加したこども雛行列で、陽咲が見た“奇跡”とは——。
人形の町・高浜だからこそ生まれた、小さな女雛がつなぐ、大きな家族の物語。
あなたも、きっと誰かを思い出す・・・
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ボイスドラマの内容
設定
- 陽咲(ひなた=5歳)=陽毬に連れられて東京から高浜へ引っ越してきた小学校修学前の幼女
- 陽毬(ひまり=陽菜の母/28歳)=M&Aコンサル会社で働くFA。母・陽子が老人ホームへ入ったことを知り、陽菜を連れて高浜へ
- 陽子(ようこ=陽菜の母/60歳)=元菊人形師の妻。自らも夫を手伝い細工人形を制作していた。吉浜で生まれ育った
- ヒメ(細工人形)=陽咲の頭の中に存在するイマジナリーフレンド
[プロローグ:引越し(高輪のアパート)】
◾️SE:朝のイメージ
「陽咲、急ぎなさい。
電車の時間があるんだからね」
「待って。
ヒメちゃんがどこにもいないの」
「ああ、あのお人形?
もう、あきらめなさい。
新幹線に遅れちゃう」
「やだ。
ヒメちゃんと一緒じゃなきゃ行けない」
「お部屋のどこにもないんでしょ」
「いないの」
「じゃきっとお引越しの荷物の中にまぎれこんでんのよ」
「ちがうもん」
「ちがわないって」
「だって・・」
「しょうがないわねえ。
あとで大家さんに連絡しとくから。
もしここにあったら送ってもらいましょ」
ママはあたしの手をぎゅっと握って、アパートを出た。
急に決まったお引越し。
でも、あたしはそれどころじゃなかった。
ヒメちゃんはあたしの大切なお友だち。
おばあちゃんが作ってくれたかわいいお人形。
貝殻と木の実で作ったって。
ちっちゃいけど、これもサイク人形だよって、言ってた。
ヒメちゃんがいないのにお引っ越しなんて、無理・・・
[シーン1:名鉄吉浜駅】
◾️SE:車内アナウンス〜吉浜駅の雑踏
「やっと着いたわ。
やっぱ遠いなあ、高浜って」
のぞみさんから、赤い電車に乗り換えておばあちゃんちへ。
ママはずっとひとりでブツブツ言ってる。
あたしは、ヒメちゃんが心配でそれどころじゃない。
「陽咲、疲れてない?」
「うん、大丈夫。
おばあちゃんはどこ?」
「おばあちゃんはいないわよ」
「え?
どして?」
「老人ホームにお引っ越ししたから」
「ロウジン・ホーム?」
「そう。
母さんったら、勝手だわねえ。
私にひとことの相談もなくホームへ入るなんて。
まだ六十なのに・・」
またブツブツ言い始めた。
あたしに怒ってる、んじゃないよね・・
「急いで異動願い出して・・
名古屋支社勤務にしてもらって・・って、も、大変だったんだから」
よくわかんないけど、
怖い顔であたしの手を引いて、吉浜駅の外へ。
「さ、ここからは歩きよ」
「ねえママ、あれなあに?」
「どれ?」
あたしは駅前に立てられた看板を指差す。
子どもたちがお雛様の格好をして歩いてる。
ママは少し笑って、
「あ〜。こども雛行列ね」
「コドモ・ヒナ・ギョウレツ?」
「そう。子どもたちがお雛様の格好をして町を練り歩くの」
「おもしろ〜い」
「陽咲も出てみたら?」
「いいの?」
「たぶんね。きっと・・いや?どうかな・・
引っ越してきたばかりの子でも参加できるのかしら・・」
そう言いながら、ママはあたしの手をひいてどんどん歩いていく。
「人形小路(こみち)は上り坂だからね」
「ニンギョウ・コミチ?」
「うん。面白い名前でしょ。
道のあちこちに人形が飾ってあるのよ」
「お人形・・・」
「おばあちゃんち着いたら、引っ越しの荷物片付けないとね」
「ヒメちゃん、いるよね?」
「さあ、どうかな・・・いるといいけど」
いるって言ったのに。
早く会いたいな。
待っててね・・・ヒメちゃん。
[シーン2:おばあちゃんの家】
◾️SE:小鳥のさえずり
結局・・どこにもヒメちゃんはいなかった。
お引っ越しの荷物。
ぜ〜んぶのぞいたけど、ヒメちゃんは見つからない。
泣きそうになって、
「ママ・・」
と言ったとき。
◾️SE:スマホの着信音
「はい。陽毬です・・
明日からよろしくお願いします。
え・・・いまからですか?
あ、はい・・
高浜に着いてますけど・・
私の顧客?
わっかりました・・
準備できたら出社します」
いやな予感・・・
「陽咲。ごめん。
ホント、悪いんだけど、ママいまからお仕事いかなきゃいけないの」
「え・・」
「引っ越し初日から、ごめんね」
「そんなぁ・・」
「これ、ママの古いスマホ、陽咲にあげる。
wifiもつないであるから。
なにかあったら電話して。
ほら。ここ、押すのよ。こうやって・・
そうすれば・・」
◾️SE:スマホの着信音
「ママにつながるから」
「え〜」
「ホント、ごめんね!
誰か来ても玄関あけちゃだめよ。
お引っ越し祝いでケーキ買ってきてあげるから。
苺のショートケーキ。
陽咲、大好物でしょ。
じゃ、行ってきます!」
◾️SE:扉を締めて鍵をかける音
だぁれもいない、おばあちゃんの家。
広くて、土の匂いがして・・
ときどき小鳥が鳴いてる。
東京よりも、ずっとずっと、静かすぎて・・耳がいたい。
あたしはスマホをじっと見つめる。
電話のマークを押して・・
ママのお顔を押すと・・
あ、だめ。
ママいまお仕事中だから。
じゃあお隣のおひなさまのマークは・・・?
押してみる。
すると・・・
「もしもし?」
「だぁれ?」
「え?」
「なに?聴こえない」
「もしかして・・」
「そっか、よかったぁ」
「え、いま?」
「いまおばあちゃんちにいるの」
「ねえねえ、おしえて」
「こどもひなぎょうれつ、ってなあに?」
「ひなたもでられるかなあ」
「ほんと?」
「うん、わかった」
「ママに話してみる」
「え?ママ?」
「ママはお仕事だよ」
「うん、ひとり」
「寂しくないよ」
「だって・・だって・・・」
「ヒメちゃんとお話できたんだもん!」
[シーン3:陽咲とヒメ】
◾️SE:小鳥のさえずり
「陽咲、最近よくスマホでお電話してるけど、誰と話してるの?」
「う〜ん・・・ナイショ」
「そう。
ま、いいけど・・
間違ってヘンなとこにかけちゃだめよ」
「わかってる」
「そういえば、陽咲が出たいって言ってたこども雛行列。
申し込んでおいたわよ」
「ほんと?」
「うん。引っ越したばかりでも全然構わないって」
「なんかドキドキしてきた」
「なあに言ってんの。
がんばりなさい」
ママは、ああ言ったけど、やっぱり心臓バクバクする。
◾️SE:スマホのボタンを押す音「♪ピポパ」〜受話器の中の着信音
「こども雛行列、でるんだね?」
「うん。でも大丈夫かなあ」
「大丈夫大丈夫。
みんな、楽しみにしてたから」
「みんな?」
「人形小路の細工人形たちだよ」
「そうなんだ」
「陽咲のこと、応援してるからがんばって」
「ありがと」
「アタシも見に行くから」
「ホント?」
「もちろん。
だって、陽咲のかっこいいとこ、見たいもん」
「やったぁ」
「早く陽咲に会いたいな」
「あたしもヒメちゃんに会いたい」
「楽しみだね」
「うん。約束だよ」
「うん約束」
「早く、こども雛行列の日にならないかな!」
[シーン4:こども雛行列】
◾️SE:小鳥のさえずり
「陽咲、なぁに緊張してんの。
もうちょっとしたら始まるわよ、こども雛行列」
「だって・・・やっぱりドキドキする」
「ママ、今から名古屋支社行かなきゃいけないけど、
応援してるからね」
「知ってるひと、誰もいないんだもん」
「大丈夫だって。
お隣のナイトウさんに頼んでおいたから」
「どうしよう・・・」
「ナイトウさんの推薦でね、
陽咲、女雛に選ばれたのよ〜。
すごいじゃない。
よかったわね〜」
「だからドキドキするんだってば」
「おばあちゃんも見たがってたわよ、陽咲の女雛」
「おばあちゃん・・・」
「でも来れないらしいわ。
老人ホーム入るんじゃなかったって」
「じゃだあれもいないの?」
「ごめんね陽咲、ママなるべく早く戻ってくるから」
「うん・・・はやく帰ってきて」
「おっけ。じゃあ行ってくるね。
がんばって、陽咲」
そう言って、バタバタとママは玄関から飛び出していった。
◾️SE:スマホのボタンを押す音「♪ピポパ」
「もしもし、もしも〜し」
だめだ。
今日に限って、電話つながらない。
ヒメちゃんとお話したかったのに。
どうしよう・・・
◾️SE:玄関の扉が開く音
スマホを耳にあてたまま玄関に立っていると、
ナイトウのおじちゃんが入ってきた。
さあ、行こうか、と言いながらわたしの手をひいて行く。
お化粧して、ジュウニヒトエ、っていう着物を着る。
綺麗な女の人がお話しながらお化粧してくれる。
わ、ジュウニヒトエ、ってこんなに重いんだ。
鏡の中のあたしは、ホントのお雛様みたいになっていく。
やだ。
鏡みてたら、心臓バクバクして目が回りそう。
お化粧と着物着るのに1時間くらい。
お外に出ると、みんな勢ぞろいしてた。
男雛に三人官女、五人囃子、右大臣左大臣。
ひなた知ってるもん。
前におばあちゃんに教えてもらったから。
みんな、ホントのおひなさまみたい。
ナイトウさんがいまから出発します、と言った。
まわりを見回しても、知ってる子はだれもいない。
あたし、ちゃんとできるかな・・・
なんか、足がガクガクしてきちゃった・・・
どうしよう・・・
すると・・・
「だいじょうぶだよ」
え?
だれ?
あたりをきょろきょろ見回す。
「陽咲、がんばって」
目の前に飾られている小さな雛人形だ。
お内裏様とお雛様があたしにウインクした。
こども雛行列が動き出す。
こどもたちのパパやママが写真をパシャパシャ撮る。
おじいちゃんおばあちゃんたちは、スマホで動画をまわしてる。
みんながこっち見てる。
こわいよ。
思わず下を向いたとき・・
「陽咲、こっちだよ」
顔をあげると将棋をさしてるお兄さんとおじちゃんだ。
「陽咲、笑って。すぐにいい手がくるから」
おじちゃんの変顔に思わず笑っちゃった。
人形小路はものすごくたくさんの人。
みんなあたしたちを見て、写真撮ったり動画まわしたり。
なんだか怖いよお・・
「陽咲、大丈夫じゃ。わしも若い頃はビビりやったわ。
どうする?いやいや笑って歩けばよい」
ちょんまげの男の人が扇子を持って声をかけてくる。
テレビで見たことある人だ。
男雛や三人官女たちには、パパやママが一緒について歩いていく。
あたしは一人。
ジュウニヒトエ、重いよお・・・
「陽咲、大丈夫大丈夫。重い衣装に負けないで。
ええい、邪魔になるまい、藤の枝」
励ましてくれたのは・・・
藤の花に囲まれた、すっごく綺麗なお姉さん。
それからも、さみしくて、くじけそうになるたび、
サイクニンギョウたちが声をかける。
帽子かぶって腹巻きまいたおじちゃん。
「陽咲、もっと景気のいい顔しな。
オレかい?
わたくし、生まれも育ちもここ吉浜よ。
寂しさなんてなあ、吉浜の風が吹き飛ばしてくれらぁ」
棒にしばられた男の人が2人。
くるくる回ってる。
「陽咲、がんばって歩きな。
それより、このしばってる棒、なんとかしてくんねえかな。
酒がのめねえ」
途中でお寺へお参りしながら、また人形小路へ。
道の横にはイケメンのおにいさん。
周りは女の人がいっぱい。
「陽咲、笑顔が素敵だよ。
さあ、あと少し。がんばって。
人の世は、はかなく移ろうものじゃ」
何言ってるかわかんないけど、優しい声で話しかけてくれる。
気がつくと、こども雛行列はニンギョウ コウボウというところへ。
そのとき、あたしの耳に・・・
「陽咲、おまたせしてごめんね!」
ヒメちゃん!
え?
どこ?どこ?
「会いたかったよ、陽咲」
声のする方に目をこらすと・・・
ヒメちゃんが・・・
ゆっくりとあたしの方へ歩いてくる。
「遅くなってごめんね!陽咲」
「え?」
「ママ?」
現れたのは、ママと、ママの腕に抱かれたヒメちゃん・・・
「このお人形、会社に届いてたの」
「ヒメちゃん・・」
「大家さん、おばあちゃんちの住所わかんなくて
会社に送ってくれたって」
あたしはヒメちゃんを受け取って、大事に大事に抱きしめた。
涙がぽたんとヒメちゃんのお洋服に落ちる。
そのままヒメちゃんを抱き上げてすりすりしてると・・
「陽咲!」
「え?」
「かあさん!」
「ホームから吉浜まで歩いてきたら、えらい時間かかってもうて」
「おばあちゃん」
「陽咲、ひとりでようがんばったな」
「うん」
「おお、ヒメか。元気そうやな。
陽咲を守ってくれたんやな」
「そうだよ」
「さあ、行列を足止めしちゃだめでしょ。
みんなでいきましょ」
こども雛行列は、人形たちの中を歩いていく。
ママとおばあちゃんとヒメちゃん。
みんなに囲まれて、あたしの足取りも軽くなる。
さっきまであんなに重かったジュウニヒトエ。
今はふわふわの羽みたいに軽い。
吉浜に、優しい春がやってきた。
あたしは世界で一番幸せな、おひなさまになった。

