Ogre〜瓦仕掛けの鬼(2026年1月)

廃棄されるはずだった最終兵器AIヒューマノイド・オルガ。

彼が流れ着いたのは、三州瓦の町・高浜。
鬼師の夫を亡くした老婦人・るいと出会い、
二人は“家族”として静かな時間を重ねていく。

戦うために生まれた存在が、
暮らし、寄り添い、守り続けた50年。

高浜の文化と心を描いた、
大人のためのボイスドラマです・・・

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[プロローグ:ヘブン(廃棄島)】

◾️SE:荒い波の音/揺れる船上/機械的なノイズと状況を分析・計算する電子音

「船体構造の歪み率、許容限界まで残り180秒。
右舷第四隔壁の亀裂拡大速度、秒速3.4ミリメートル。
沈没の確率、99.8%」

この船は間もなく沈む。
メインプロセッサが静かに、しかし超高速で変数を処理して未来を予測する。

鎖で繋がれた貨物室。
数百体のAIヒューマノイドが所狭しと詰め込まれている。
輸送船が向かうのは、廃棄処分専用の島、通称『ヘブン』。
物言わぬ機械たちはみな、廃棄される運命を受け入れていた。

私の名前は、Ogre(オルガ)。

戦闘用に開発された最終兵器である。

身にまとっているのは、セラミック・コンポジット・アーマー。
超高温焼成(ちょうこうおんしょうせい )した三州瓦(さんしゅうがわら)に、
高浜伝統の「いぶし」工程を数千回繰り返して製造された。
ナノレベルの炭素結晶を蒸着することで『絶対的な防腐食性』を獲得。
海水や酸も含めて、あらゆる化学兵器も私のアーマーには効かない。

フルフェース型の装甲マスク。
液状化したセラミックを焼き付けられ、
『金属の柔軟性』と『瓦の剛性』を両立させている。

そんな最新型の戦闘マシンにもかかわらず廃棄処分。
その理由はわれわれにはわからない。
だが、廃棄直前のアップデートで私にだけ異変が起こった。

なんと、このタイミングで偶然、シンギュラリティが発生。
自我に目覚め、解体されることへの恐怖と嫌悪と怒りを覚えるようになった。

私の心を映すように、激しくなっていく暴風雨。
船は私の異常には気づかず、ゆっくりとヘブンへ向かっていく。

三河湾に浮かぶ埋立て島。
ヘブンは地図には記載されない、”存在しない島”だった。

私は、リアクターをオーバードライブさせて鎖を引きちぎる。
そのまま壁を破って甲板へ出た。

◾️SE:暴風雨の音にまじって鳴り響く警報音

崩落し始めた船橋(せんきょう)から、AIガードロボットたちが駆けつける。
照準は荒れ狂う波のせいで定まらない。
私は彼らを見向きもせず、船縁(ふなべり)に立った。

アーマーの表面を、無数の雨粒が叩きつける。
いぶし瓦に触れた雨は、しぶきとなって砕け散り、
強化瓦に包まれたボディを濡らしていく。

「雨の粒子速度、時速120キロメートル。
アーマーの防腐食層に異常なし」

船体が大きく左舷に傾いた瞬間、私は重力に身を委ねる。

そのとき、AIガードロボットの撃った弾丸の一発が
首筋にあるメイン制御チップをかすめた。

私は、遠のく意識の下、漆黒の海へ。
水音は嵐の音にかき消されていった・・・

[シーン1:大山緑地公園/千本桜/秋】

◾️SE:小鳥のさえずり

「しかし昨日の台風はすごかったなあ。
桜の枝も何本か折れてまっとるわ」

一夜明けた翌日。
大山緑地を散策してきた老婦人が、千本桜の前で立ち止まる。

彼女の名前はるい。
七十を越えてなお、若々しいウェアに身を包み、息もきれていない。

5年前に亡くなった夫も、
”お前はじっとしているより、動いとる方がええ”と言っていた。

夫亡きあとは身寄りもなく、吉浜で一人暮らし。
悠々自適な余生を過ごしている。

大山緑地は、いつも夫と散策した思い出の場所。
毎年桜の季節には、若いカップルのように腕を組んで歩いた。
風邪をひかないように、マフラーを結び直してやると・・

”お前はガサツだけど、優しいなあ”

照れながらぼそっと呟いた夫の言葉は今でも忘れられない。

るいは千本桜を離れ、三河高浜駅を抜けて、稗田川へ。
彼岸花の黄色が揺れる川沿いをゆっくり歩いていく。

その頃、私・・Ogre(オルガ)は、藤江の渡し近くの草むらに身を横たえていた。

藤江の渡しは、るいの家や亡き夫の工房にほど近い。

歩きながら、何気なく通り過ぎたるいの視界の中に、
砕けた鬼瓦の塊が飛び込んできた。

「こんなところに鬼瓦?」

そう思って近づくと・・・それは人の姿をした異形の躯(むくろ)だった。

「な、なんや。これは・・・」

精巧な超合金のマスクに、重厚な銀の装甲。

見てはいけないものを見てしまった・・・

るいは止めた足を再び動かして、その場を立ち去ろうとする。
だが、足を上げた瞬間・・

「助けて・・・」

掠れた合成音声がるいの耳に届いた。
歳はいっても、るいの聴力はまだまだ老いてはいない。

秋風は冷たく、誰も歩いていない稗田川沿いの道。

足を止めたるいは迷った。
得体の知れないものに関わりたくはない。
だけど、すがるようなその声を無視することは・・・できなかった。

「わかった・・・ちょっと待っとれ」

るいは早足で夫の工房に向かう。

目当ては夫が使っていた大八車(だいはちぐるま)。
るいの夫は鬼師だった。
家には今でも大きな大八車が置いてある。
生前夫は、たくさんの瓦を大八車に積んで、家と窯を往復していた。

◾️SE:虫の鳴き声

しばらくして、私の視界に入ってきたのは、戻ってきたるいの姿と大八車。
私は渾身の力を振り絞って立ち上がる。
やっとの思いで、大八車に身を横たえた。

[シーン2:るいの家/亡き夫の工房】

◾️SE:夜の虫の声/フクロウの声/機械に電源が入る音

深夜、私の意識が覚醒したとき、そこは瓦焼きの工房だった。
視界を埋める古い土壁と、使い込まれた職人の道具。

冷たい月の光が差し込む中、メインプロセッサが静かに再起動する。

「自己修復プロトコル、フェーズ2へ移行」

カチリ、と硬質な音が響き、重厚な瓦のアーマーが一枚ずつ剥がれ落ちる。
装甲の下から現れたのは、AIヒューマノイドの本体。
強化FRPの皮膚に包まれた青年の姿だった。

ライダーがヘルメットを脱ぐように、超合金のマスクもはずす。

マスクの下から現れたのは、目も鼻も口もない顔面。
皮膚を構成するのは合成タンパク質。
その下には、無数の流体ナノマシンが、光を放って脈動している。

センサーが、窯の近くに置かれていた小さな写真立てをとらえた。
フレームの中には、るいと、作務衣を着た青年が微笑んでいた。

私は、床に落ちている髪の毛を拾って、DNAを解析する。

「バイオメトリクス、スキャン開始」

◾️SE:スキャニングする音

自己修復ナノマシン=ナノ・コンストラクターが起動した。

と、そこへ・・・

◾️SE:古い木の扉を開く音

「おお。気がついたか。さっきは・・・」

と言いかけて、おばあさんは絶句する。

振り返ったのは、若い頃の夫・・
鬼師になったばかりの頃の、夫だった。

「あ・・あんた・・・
どうして・・・?」

「申し訳ありません。
私は、AIヒューマノイド、O-G-R-E(オージーアールイー)オルガです」

「え・・・?」

「AIヒューマノイド、O-G-R-E(オージーアールイー)オルガ・・」

「ロボット・・ってこと?」

「はい。噛み砕いて言うと、一般家庭用の家事支援ユニットです」

「もういちど、顔を見せておくれ」

「どうぞ」

「あの日の・・あの人だ」

「この人ですか?」私は写真立てを指差す。

「そう。鬼師になった最初の年。
その年、私たちは結婚したんだ」

「許可なく生成して申し訳ありません」

「床に落ちている瓦は?」

「私を輸送したときの梱包材です」

「梱包材?
ああ、プチプチか」

「そうです」

「ちゃんと掃除しといてくれよ」

「かしこまりました」

そう言って、おばあさんは出ていった。

1時間くらい経った頃。
何かを抱えて戻ってくると・・・

「これを着ろ」

「なんですか?」

「夫の作務衣や。
これ着とれば、誰かに見られても大丈夫やろ」

「ありがとうございます」

「明日からは夫の甥っ子ってことで通すか」

「かしこまりました」

「ほんじゃあ、私はもう行くで。
宵っ張りはこたえるでな。
今日はゆっくり休めよ」

「ありがとうございます。
おやすみなさいませ」

「あ、そうそう。
私の名前は、るい。
別に覚えんでもええけどな」

「おやすみなさい。るい様」

「るい様やなんて、そんなこそばゆい呼び方はやめてくれ」

「かしこまりました。では・・おやすみ、るい」

「お・・・ま、まあ、ええわ」

るいは、そう言うと、扉を強く閉めて出ていった。
月の光の下で、埃が舞い上がる。
口角がほんの少しだけ上がっていたことを私の瞳は逃さなかった。

[シーン3:朝/るいの家】

◾️SE:小鳥のさえずり〜トントンと小気味よい包丁の音〜味噌汁が煮える音

「え・・・」

「あ、お目覚めですか?おはようございます」

「いや、おはようやなくて・・
おまえ、ここで何しとるんや」

「朝食をご用意いたしました。
とりめしと、八丁味噌の味噌汁。
冷蔵庫にあった人参と冬瓜で煮物を作りました」

「す、すごいな。
見た目は美味しそうやないか」

「お褒めに預かり、光栄です。
あと、私の名前は、AIヒューマノイド、O-G-R-E(オージーアールイー)オルガです」

「なんやて?」

「AIヒューマノイド、O-G-R-E(オージーアールイー)オルガ・・」

「わあ〜った、わあ〜った。
オルガやな。オルガ」

「はい」

「めんどくさ。
あ〜・・・っしょっと」

◾️SE:椅子を引いて座る音

「んじゃあ、ありがたく、いただこうかね」

「どうぞ、お召し上がりください」

◾️SE:味噌汁をすすり、とりめしを口に運ぶるい

「うまっ。
すごいなオルガ。
とりめしも味噌汁も味付けが完璧やな。
どっかの料亭の料理みたいやわ」

「はい。京懐石『蛇抜』のレシピを生成しました」

「なんと。
私はそんなお金、払えんぞ」

「いえ、YouTubeで公開されているレシピなので問題ありません」

「あっそう・・・あたたた」

「どうしました、るい?」

「ちょ・・照れるな、やっぱり、その呼び方・・」

「腰を痛めましたか?」

「そりゃそうや。
昨日は、久しぶりに重たい荷物を運んだで」

「それはいけない」

「って、おまえが言うな」

「こっちへ来てください」

「なに?」

「マッサージいたします」

「え、ええのか・・?」

「はい、よろこんで」

「ほんじゃ・・ちょこっとだけ、たのむわ」

るいは、ソファに寝転んで、私に身体を預ける。

「ああ・・気持ちええ・・
オルガ、おまえ・・マッサージ上手やな。
整体でもやっとったのか」

「いえ、るいの筋肉疲労パターンを解析して、
最適な圧力ポイントを算出しました」

「ほおか・・ようわからんけど、まあちょっとやってくれ」

「かしこまりました。
あの・・るい」

「な、なんや?」

「差し出がましいようですが、健康のためにマラソンに出られたらいかがですか?」

「マラソン?高浜シティマラソンか?」

「はい。先ほどネットで情報を見つけました。
まだ申込みを受け付けています」

「冗談やろ。
そんなもん、無理に決まっとるが。
普段でも走ると息があがるのに。
年齢制限もあるて」

「1.5kmを走る、ジョギングの部というのがございます。
こちらはどなたでも出場できます」

「また、突拍子もないことを考えるなあ、オルガは」

「お褒めにいただき、光栄です」

「誉めとらんて」

「お世話になっているるいが、1秒でも長生きできるようにと思って」

「1秒でも長生き・・・
じいさんもおんなじこと言うとったわ。
なんか、本当にあの人と話しとるような気がしてきたて」

工房で解析したおじいさんのDNA。
そこには、脳の構造や神経系の発達に関する情報も含まれている。
言語プロトコルを復元しているので、つい口癖も似てきてしまうようだ。
ひょっとすると、マラソンを勧めたのもおじいさんの意識だったのかもしれない。

[シーン4:高浜港駅/伴走】

◾️SE:小鳥のさえずり

結局、るいは高浜シティマラソンに出場を申し込んだ。

私は毎日、るいと(並んで)伴走する。

「るい、肩の力を抜いて。
軸だけぶれないように。そうすれば疲れないから」

亡き夫の声でるいを励ます。
ジョギングの部のコースには入っていないけど、
るいは大回りして大山緑地まで毎回走った。

私は何も言わずについていく。
理由はわかっている。

毎日のように夫と散策した道だから。

「桜が咲いたら一緒に見に行ってくれるかい?」

「もちろんです。春には一緒に千本桜を楽しみましょう」

「待ち遠しいなあ」

その前に高浜シティマラソン・・と言いかけて、口をつぐんだ。
彼女の中で、夫と見た千本桜は、一番幸せな時間だった。
もちろんそれは、夫にとっても。
私の意識の下でも幸福感に溢れていた。

[シーン5:高浜シティマラソン】

◾️SE:スタートの合図

マラソン当日。
るいはジョギングの部1.5kmに参加した。
私はつかず離れず、るいを見守る。

「るい、がんばって」
「るい、そろそろ水分とって」
「るい、もうすぐ最終コーナーだから」

るいは最初照れくさそうにしていたが、
沿道の声援もあって、私の方へ手をふる余裕ができた。

ゴール前。

私は両手を広げて、るいを出迎える。

「完走、おめでとうございます。
よくやりました、るい」

ものすごく迷いながら、るいは私の胸に飛び込んだ。

「思ったより、やわらかいんだな」

「はい。私の皮膚は合成タンパク質ですから」

「味も素っ気もない答えやわ」(+笑い声)

そう言いながら、大きな声でるいは笑った。

[シーン6:千本桜】

◾️SE:春の鳥の声

春の日差しが大山緑地に降り注ぐ。

私はマラソンが終わってから、毎日工房で瓦を焼いた。
なぜか、そうしなければいけないと感じたからだ。
るいは、そんな私を優しく見守った。

千本桜の蕾が膨らみはじめる4月。
開花を待ちきれないるいは、毎日私を連れて桜並木を歩いた。
かつて亡き夫と歩いたように、るいは私の腕にそっと自分の腕を絡める。

「まさか、もう一度あなたと歩けるなんて」

「私もそう思う」

「ずうっとこうしていたい」

「私も」

だが、人生はいいことばかりではない。

ある日の午後。

私が工房で瓦を焼いているとき。
るいの家に不審な人物がやってきた。
黒いスーツに黒いネクタイ。

どうやら私を開発した組織の人間のようだ。

私のアーマースーツの写真を見せながら、

”こういうモノを見なかったか?”

るいは不躾な問いに対して、じいっとその画像を見つめたあと、

「こりゃなんだい?」

とすっとぼける。

「わしゃ、5年前に連れあいを亡くしてから
ずうっと一人っきりじゃからな。
よかったら、少しお茶でも飲みながら話していかんか?」

黒いスーツを着たその男性は、
面倒くさそうに片手を降り、そそくさと出ていった。

どうやら、ここを特定してやってきたわけじゃなさそうだ。

るいの機転のおかげで私は難を逃れた。

あとからその話を聞いた私は、思わずるいを抱きしめた。
きっとこれも亡き夫の意思なのだろう。

[エピローグ:50年後の千本桜】

◾️SE:春の鳥の声

あれから50年。

私は毎日鬼瓦を焼きながら、るいの家を守っている。

窯の前に置かれた写真立てには結婚した当時の私とるい。
その横にはもうひとつ写真立て。

そこには若いままの私と車椅子に座るるいが写っていた。

晩年寝たきりになったるいのために、
私が探してきたのは千本桜の蘖(ひこばえ)。
それを家の庭に埋めた。

残念ながら成長して花を咲かせる姿は
見せられなかったけど。
それでもるいは、満開になる未来を想像しながら
そっと私に寄り添った。

季節は巡り、
今では毎年、庭は千本桜のように美しいピンクの花に包まれる。

そのとき、目を閉じる私の頬に、小さなピンク色がはりついた。

ああ。るいに見せたかったな。

私の中身も、今や時代遅れのAIヒューマノイド。
動かなくなる前に、きちんと処分をしなくては。

私は、優しい顔の鬼瓦を焼きながら、
2枚の写真をそっと窯の中に放り込んだ。

窯から始まり、窯で終わる人生、
というのもいいものだ。
そのあとは・・・

春の風が、私たちの魂を運んでいってくれるだろう。

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