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ボイスドラマの内容
設定
- 姫乃蘭(ひめの らん)/愛称ヒメ(24歳アイドル声優)=現場でぶりっ子、本音はツンデレ
- 星宮比売(ほしみや ひめ)/(14歳)=高浜市の小さな神社の巫女、舞姫。実は龍神の子孫
- マネージャー(38歳)=姫乃蘭所属事務所のマネージャー。ヒメ以外に大物も担当している
[シーン1:渋谷のアフレコスタジオ/Aスタにて『異世界高校 ミルキーハイスクール』収録中】
◾️BGM:最高にエモーショナルな音楽
『私はここよ!
なっ、なに!?・・見えないの!?私が・・・
ああ!そうよ!
手を・・私の手を・・・
絶対にもう離さないで!!!
一緒に、元の世界へ戻るのよ〜!』
◾️SE:音響監督のモブ声「はい!オッケー!いいねえ!おつかれー」
「ありがとうございます!監督!
皆さんもお疲れ様でしたぁ!
スタッフの皆さんもありがとうございます!
あ、監督〜!
明日、アタシの写真集、発売日なんですよー!
また監督の番組で告知させてください🙇(ぺこり)
あの、ご迷惑でなければ・・・一冊、もらってください!
コレ発売日までオフレコなんですけど〜
スク水のカットもあるんでんすぅ!きゃっ。
アタシ、恥ずいからイヤって言ったんですけど
カメラマンさんがどうしてもって・・・
あ、興味なかったら、捨てちゃってくださいねー!」
今日のアフレコは、来年4月から放送される春アニメの最終回。
まだプレスリリースが出たばかりだけど
あの有名なアニメスタジオが制作!ってことで話題になってる。
ストーリーは学園を舞台にした異世界もの。
監督なんて京都のアニメスタジオからわざわざオファーしてるし。
そうそう。
キャラデザも最近人気の女性絵師さんだから、
そりゃもう〜キラキラしてかわゆいの!
メインキャラだけでなく、サブキャラや悪役キャラも魅力たっぷりよ。
キャストもそうそうたるメンバーね!
メインのひとりは、あの超人気作品でエルフを演じたハナザキ アサミさんでしょ。
スパダリのイケメン役は男子声優人気No.1のメカジキ ユウくん。
優しい担任教師役にベテランのマツダ カズトモさん。
そして主人公は!
前作『禍ツ魂』で超バズっちゃったアタシ!
姫乃蘭(ひめの らん)、通称ヒメ!
アタシの役は引きこもりのJK。
でも異世界では無敵の魔法使いになっていくの!
『禍ツ魂』は地上波の12話1クールだけで終わんなかったんだよねー。
続編の劇場版『禍ツ魂〜鬼師一族の廻天!』が
歴代アニメの興行記録を塗り替えちゃったもんね!
でも!今回の「異世界高校 ミルキーハイスクール」はその上をいく。
製作委員会的にもめっちゃ力入ってる新作。
とはいえ、春アニメは超話題作目白押しで
人気のアニメスタジオはパンク状態。
なんとか探したのがサンセットスタジオのサブチームらしい。
正直アタシ・姫乃蘭を起用したのも、
『禍ツ魂』で名前は売れたけどギャラがそこまで高くないから!
い〜んじゃない。
監督はあの『口のカタチ』のYさんだし、
アタシにとってはステップアップするビッグチャンス!
今日の最終回できっちり区切りをつけてと。
次の作品で、推しも推されもせぬ、No.1声優になってやる! 「1クールおつかれさまでした〜!」
[シーン2:マネージャーの運転する車の中】
◾️SE:車の扉を閉める音/車内の走行音
「あ〜つかれたぁ!
あのスタジオ、マジで空調悪すぎ。メイク取れるじゃん。
それにサブキャラの女の子、間の取り方下手すぎ。
合わせにくいんだって。
新人?
5年目?
あれで?
モブからやり直した方がいいんじゃね?
ん?
それなに?次の作品?
見せて、プロット」
帰りの車の中。
運転するマネージャーが持っていた次のアニメのプロット。
ざっと目を通したアタシの口から出た言葉は、
「ちょっと!
なに!この話!?」
「なにが言いたいのか、ぜ〜んぜんわかんない!」
「オファーは前作『禍ツ魂』の製作委員会から?
どういうこと?」
話をまとめるとこういうことらしい。
『禍ツ魂』は愛知県高浜市の物語。
アニメの大ヒットで観光客も増えて市の財政も潤った。
アニメ終了後に実施した声優イベントも、全国からお客さんがきてくれて大成功。
「じゃあ次は高浜市から発信するアニメを!」
ということで地元の企業から協賛金が結構集まったんだって。
製作委員会は地上波のTV局と枠どりをして、
ネット媒体とも独占配信の約束をとりつけた。
さすが、やること早いな。
それで、アニメのテーマは高浜市に伝わる伝説「蛇抜(じゃぬけ)」に決定。
伝説の内容はこんな感じ。
ちょっと長いけど聴いてね。
むかしむかし、吉浜村の高平(たかひら)というところに、長者が住んでいました
長者にはたいそう美しい娘がいて、
あちこちからお嫁さんにほしいと申しこまれます
ところが娘は、どうしてもお嫁にいくのはいやと、首を縦にふりません
実は娘には好きな男の人がいたのです
その人は立派な身なりでやさしく、毎夜毎夜娘の部屋に通ってきていました
それを知った長者はたいそうおどろき、その若者はどこのお人だと娘に尋ねます
でも娘もどこの人か知りません
長者はすっかり心配になって、娘に申しつけます
木綿針に糸を通し、若者の着物のすそにぬいつけておきなさい
夜明け近く、娘の部屋から若者が帰ると、一すじの木綿糸が外へ続いています
長者が糸を追って竜田(りゅうた)の川ぶちまでくると、
急に糸が乱れからまっていました
川の中では一匹の大蛇がのどに針を突き立てて苦しんでいます
『相手はこの世のものではなく、オロチであったか』
長者は嘆き悲しみました
それでものどの針を抜いてやると、二度と姿を見せるなといいます
オロチは衣が浦(きぬがうら)の海の上をわたって、
対岸の生路村(いくじむら)の方へ逃げていきました
そのとき、
オロチが衣浦湾へ抜けていったとされる場所には橋が架けられ、
「蛇抜橋(じゃぬけばし)」と呼ばれるようになった、とさ
え?
これをどうやって12話のレギュラーアニメにするの?
ストーリーに起伏がなさ過ぎじゃない?
眉間に皺を寄せ、難しい顔をしてプロットを見つめていたとき、
「高浜・・行ってきたら?」
突然マネージャーがアタシの顔を見て言った。
「最近ずうっと休みなかったし、
休暇を兼ねてロケハンに行けばいいじゃない」
真剣な顔でアタシを見つめる。
う〜ん。
どうしよっかなあ。
最近LIVE配信もできてなかったからなあ・・・
あ。高浜から配信、ってのもアリか。
「ね、東京からどんくらい?
2時間半?
そんくらいなら、まいっか
じゃ行ってくるわ 高浜・・・」
[シーン3:高浜のとある小さな神社にて】
◾️SE:静かな夕暮れの音/小さく神楽の音
高浜市。
小さな神社の神楽殿。
少女が一人、静かに神楽を舞っている。
三河高浜(みかわたかはま)の駅を降りたら、突然の雨。
(※吉浜駅の方がいいでしょうか?)
名古屋からすぐだと思ってたのに。
JRで刈谷ってとこまで戻って、
そこからさらにドローカルの名鉄という電車。
荷物はスリムにしたけど、
こんなとこでスーツケース引きずってるのはアタシくらい。
とりあえず、マネージャーから聞いてた
たかびれ公園と蛇抜公園、竜田公園(りゅうたこうえん)、
それに蛇抜橋は見てきたけど・・・
で?
って感じ・・
よくある作り物のオロチとフツーの石橋。
なんか物足りないなあ、って思いながら歩いてたら
道がわかんなくなっちゃって・・・
気がついたら、小さな神社・・・
秋雨(しゅうう)に煙る神楽殿。
見たこともない神楽を舞う舞姫。
その姿も朧げで、すごく幻想的。
思わず近づいて見入ってしまった。
「あ」
アタシに気づいた巫女の動きが止まる。
小さく頭を下げて、さらに近くまで寄っていく。
「ごめんなさい。
声をかけようと思ったんだけど」
「なんか見惚(みと)れちゃった・・」
「こんにちは」
遠目で見るより、はるかに若い女の子。
多分中学一、二年ってとこ。
「ようこそ、お参りくださいました」
「ごめんなさい。
アタシ、なんにも考えずに歩いてて、
気がついたら境内だったんです」
「高浜は初めてですか?」
「はい」
「おまんとはもう終わっちゃいましたよ」
「おまんと?」
「おまんと祭りを見に来たんじゃないんですか?」
「いえ、アタシはただフラっと・・」
「ふらっと?高浜へ?
へえ・・そんな人がいるんだ」
「あの・・・
蛇抜の話が知りたくて」
「蛇抜?」
「はい」
「伝説の?」
「そう。
たかびれ公園と蛇抜公園と竜田公園と蛇抜橋は
行ってきたんだけど」
「ああ」
「伝説のことがよくわかんなくて」
「そんな、難しい伝説じゃないですよ」
「あ、物語の内容はわかってるんです。
でも、読めば読むほど、クエスチョンマークがいっぱい浮かんで」
「どうして?」
「だって・・
どうして、お父さんはオロチを助けたの?
どうして、娘はオロチと一緒に逃げなかったの?
どうして、蛇が抜ける、って変わった言い方をするの?」
「なんか、アニメの見過ぎじゃない?」
「なんでよ」
「ふふ・・
じゃあ、もっとエモい考え方してみたら?
それこそアニメみたいに」
「どういうこと?」
「たとえば・・・
オロチは毎晩娘の元へ夜這いに行ってたんじゃなくて・・」
「夜這いって、あなたみたいな年頃の娘がそんな」
「もし娘の不治の病を治してたとしたら?」
「え?」
「もしそれをお父さんが知ったとしたら?」
「え・・」
「もし娘のお腹に新しい命が宿ってたとしたら?」
「そ、そんな・・・」
「もしオロチが姿を消したのが子どものためだとしたら?」
「ちょ、ちょっと待って。頭が追いつかない」
「『蛇抜』って言葉に違和感はなかった?」
「あ・・
ああ、そう。
なんで『蛇』が『抜ける』んだろうって・・・」
「蛇って脱皮するでしょ」
「知ってる」
「脱皮っていうのは再生の象徴なの」
「あ・・・」
「オロチは子どもに命を託して消えたのかも」
「うそ・・・」
「だって、対岸の東浦・生路(いくじ)に、
オロチにまつわる伝説なんて残ってないもの」
「そうなんだ・・・」
「オロチだって元々高浜の池に住んでたんじゃなくて
諏訪から来たっていう説もあるんです」
「ミシャグチ・・」
「よくご存知ね」
「アタシ、こう見えて、歴史とか伝説が大好きなレキジョなの」
「そう」
「諏訪大社の祭神・建御名方神(タケミナカタ)よりもずっと前から
崇められてきた蛇神(へびがみ)でしょ」
「ここ高浜はそのミシャグチが諏訪を追われて辿り着いた地、とも言われているの」
「知らなかった・・・」
「こんな風に考えていくと、まったく違う話になるでしょ」
「ホントね・・・」
「真実は誰にもわからない」
「確かに」
「公園にいるオロチは龍の姿になってるでしょ」
「うん」
「龍は水を司る神。それに災害の象徴とも言われてる」
「え・・・」
「高浜や碧南は今までたびたび水害に悩まされてきたところでもあるの」
「そうなの・・」
「伝説の中には、そういう真実も隠されているのね」
「知らなかったわ」
「見えているものだけが真実じゃないってこと」
彼女がそう言うか否かのタイミングで雨が激しくなった。
小さな折り畳み傘しか持っていないアタシは身をすくめる。
彼女は神楽殿の前で何かを喋っている。
「え?なに?聞こえない!」
「娘はね、子どもを産んだの」
「え・・」
「でも後悔なんてしなかったと思う」
「ねえ、あなた・・・名前は・・・?
ねえ、教えて」
「ひ・・め・・・」
「え?」
「星宮・・比売・・」
それだけ口にすると神楽殿の奥へ消えていった。
でも、はっきりと感じた。
蛇抜伝説の真実の姿・・・
ほしみや ひめ。
伝説の娘のお腹に宿った子どもは、彼女の先祖だったんじゃ・・・
そうじゃないとしても、その血を受け継いでいる。
だって、彼女が舞っていた神楽。
見たこともない舞。
まるで、大きな蛇がうねるような・・・
苦しんでいるような・・・
あるいは、恍惚としているような・・・ そんな神楽舞に見えたんだもの。
[シーン4:渋谷のアフレコスタジオ/Aスタ『蛇抜』のクライマックス】
◾️SE:小さな波の音
『だめ!振り返らないで!
波の向こうを見て!
たとえその身は消えようとも、必ず未来は残るから!
そう!私が選んだのは未来だから!』
◾️SE:音響監督のモブ声「オッケー!いや最高!どうしちゃったの!ヒメちゃん」
音響監督の興奮した声。
スタッフから湧き上がる、ホンネの拍手。
高浜から帰ってアタシはすぐに脚本家を訪ねた。
あの不思議な舞姫の言葉が私を突き動かしたんだ。
何度も何度も脚本家とミーティングを繰り返し、台本を推敲する。
結局、単なる町おこしの伝説ではなく、
時代を超えた感動的なストーリーに仕上がった。
高浜市の協賛企業も評価してくれて予算も倍以上に。
あ、そうそう。
アタシのたっての願いで、オロチの役は
『禍ツ魂』の主役、ルイさんになった。
オンエアはまだ、2026年秋のアニメ作品だけど、
きっとすごくいいストーリーになる。
アタシの確信は絶対あたるんだ。
それに・・・
決めたんだ。
アイドルから本物の実力派声優に。
アタシ・・・
この作品で、必ず脱皮してみせる!
◾️SE:音響監督のモブ声「オッケー!じゃラストカットいくよ!」
『私はもう振り返らない! この子とともに未来へ向かっていくわ!』

