まちのあかり(2025年2月)

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  • 主人公/ユウジ=5歳。戦災孤児(※物語のなかで名前は出てきません)
    1945年12月。終戦の年、灯火管制が解除され、暗闇を照らす街灯の光を見つめながら、ユウジは戦争が終わったことを実感していた。小さな灯火の中に浮かんでいたのは、戦争にいって亡くなった父、名古屋の工場で空襲にあい命を落とした母の笑顔。束の間の安らぎを感じていたとき、後ろからいきなり声をかけられる。それは豊橋の駐屯地から近隣の見周りでやってきた米兵のトムだった。ユウジははじめ両親を殺した米兵に憎しみを抱くが、同年代の息子を持つトムはそんなユウジに憐れみと親しみを感じるのだった。トムはユウジに一冊の本=小説を見せる。本のタイトルは、前の年ニューヨークで初版が発売された『Le Petit Prince=星の王子さま』。英語が読めないユウジは興味を持たないが、トムが開いた挿絵に書かれた点灯夫の姿に興味を抱く。(※実際に「星の王子さま」は1943年ニューヨークで初版発売、挿絵も著者のサン・テグジュペリが描きリトルプリンスやきつね、点灯夫が描かれた)
    トムは日本語が堪能だったので、英語がわからないユウジに物語を読み聞かせた。それから2人は本を通じて、海辺の街頭の下で何度か会うようになった。いつしかユウジはトムとも心を通わせる。点灯夫という仕事があることを知り「大切なものは目には見えない」という名言を知る。やがてトムは体を壊して帰国することになる、彼の病気はキャンサー(がん)だったがユウジは病名を聞いてもわからない。トムは最後に会ったときユウジに読み聞かせていた「星の王子さま」をプレゼントした。「ユウジ、どうかこれからもみんなの心に灯りをともしていってほしい。点灯夫のように」。
    80年後の2025年。
    80年前と同じ灯りの下でバレンタインのデートをする恋人たち。女性は、ユウジの曽孫だった。
    「君のハートに灯りを灯したい」と言う恋人に彼女は「なあに、その昭和チックなプロポーズ?なんか私、暗いオンナみたいじゃない」でもそこは、彼女が選んだ場所。吉浜の海辺。ユウジがつけかえた瀟洒な街灯の下だった・・・

<シーン1/1945年12月:終戦後の吉浜>

※モノローグはユウジ。五歳児の少年声もしくは女性が出す老爺のイメージ/ユウジの喋り方は戦災孤児らしく声は子供だが口調は大人びている

■SE〜海辺の音/街灯がジリジリと音を立てる

「とうちゃん、かあちゃん・・」

1945年12月。
終戦から4か月。
灯火管制が解除された夕暮れの高浜。

5歳のオレは、粗末な釣竿と釣り糸を垂らす。
ハゼでもタコでもいいからかからんかなあ。

今日も釣れんとどうもならん。
もう2日、お腹になんも入れていないし。

締め付けられるような空腹感。
街灯の小さな灯りの中で幸せだった日々を思い浮かべていた。

とうちゃんは戦争にいき、戦死。
かあちゃんは名古屋の工場で空襲にあい、命を落とした。
ぼっちのオレをみんなは戦災孤児と呼ぶ。

かろうじて立っているような街灯。
海辺の砂利道を照らす裸電球。
ジリジリと音を立てて点いたり消えたりを繰り返す。
淡い灯りの中でとうちゃんとかあちゃんの笑顔が、浮かんでは消える。

そのとき、誰かが、肩を叩いた。

天を突くような、のっぽのアメリカ兵がオレを見下ろしている。

驚いて釣竿を放り投げ、立ち上がる。

こいつらが、とうちゃん、かあちゃんを・・・

アメリカ兵は、睨みつけるオレを見て、両手をひろげ、歯を見せた。

たどたどしい日本語で話しかけてくる。

こいつは豊橋の駐屯地からきたGHQの兵士。
名前は、トム。
自分は日本語ができるから、通訳として日本(にっぽん)にきた。
なんで日本にきたのかというと、日本の非武装化、民主化、治安維持だという。
そんな難しいこと言われても、よくわかんない。

オレは横を向いて無視してたけど、トムは前に回り込んできてしゃべる。
根負けして座りなおすと、今度はオレの横に座った。

うわ、座ってもでっけえな。
お相撲さんよりおっきいんじゃねえか。

トムはGHQのジープに乗って、高浜の瓦工場を見に来たらしい。
そのあと、町の中をぶらぶらしてたら、オレを見つけたんだと。

街頭の裸電球に2人の姿がぼんやりと浮かぶ。

人が見たらなんと言うだろうな。
オレまた村八分かなあ。

ま、いいや。どうせ、誰も食べもんくれるわけじゃないんだし。
なんて考えてたら、お腹がぐう、と鳴った。
トムはまた、両手をひろげて、オレに何かを差し出した。

お?くんくん(擬音)。

これが噂の「ギ・ミ・チョコレイト」か。

食べてみろ、と言われて、恐る恐る口に入れる。

ん?なんだこの味?

はじめて食べる味・・うまい。

知らんかったけど「甘い」というのは、こういうのをいうんだろうな、きっと。

うすあかりの中で、オレはトムの上着に目がいく。
でっかいポケットが不自然に膨らんでいた。

オレの視線を見て、トムはポッケからなにかをとりだす。
それは・・・一冊の本。
表紙の中で、黄色い髪の少年が空を見上げている。

「え、なに?」「リル・プリン」?

なんのこっちゃ。

っていう顔をしてたら、トムがまた話し出す。

これは小さな王子さまが出てくるお話。
フランスという国の作家が書いた童話だ。

息子への贈り物にするんだと。
日本に配属される前、ニューヨークという町に住む友達に頼んで、買ってきてもらったらしい。

トムに言われるまま、ペラペラと本をめくる。

ああ、英語だし、なんて書いてあるかさっぱりわからん。

でもたまに絵が描いてあるな。

挿絵?
ふうん、そう言うんだ。

文字なんてどうでもいいから、挿絵だけを見ていくと、変わった男の絵が現れた。

長い棒を持って高いところの行燈に火を点してるのか?
なんだ?これ?

点灯夫?
毎晩街灯に灯りをともしていく男だって?
はあ?ヒマなんだな。

とは言いつつ、オレは点灯夫の挿絵にひどく興味を引かれた。

オレとトムの頭の上には、挿絵のようにハイカラじゃない裸電球の街灯がチラチラしている。
このぼろっちい灯りも点灯夫が点していったんだろうか・・・

<シーン2/1946年1月:吉浜>

オレとトムは、それからちょこちょこ会うようになった。

点灯夫の挿絵から入った本だったけど、トムはオレに最初から読み聞かせた。

トムの日本語は、たまにヘンな抑揚とアクセントがあって聞き取るのに時間がかかる。

それでも、何度も会ううちに、小さな王子様の物語もなんとなくわかってきた。
点灯夫が登場するのは、6つある星のなかで5つ目の星。
なかなか出てこんが。
王子様は点灯夫のことを「もっとも尊敬できる大人」だって言うんだ。

やっぱり、灯りを点すってのは大事なことなんだなあ。

同時にトムはふるさとの話もしてくれた。

聞いたことないけど、オレゴン、という町らしい。
ちょっとだけ、高浜に似てるんだと。

トムはオレゴンのニューポートという港で、灯台守をしていたらしい。

灯台守ってなんだ?

真っ暗な海を照らす道標?
灯りをともして船を守る?
すげえ。

戦争が始まったら、日系人の捕虜から日本語を教えてもらったんだって。
へえ、それで通訳になれたんか。

オレゴンは漁師まちだったから灯台守の仕事は大切でトムは戦争にも行かんかった。
そうか、じゃあ少なくともとうちゃんかあちゃんの仇じゃあないんだな。

戦争が終わったとき、トムは占領軍に志願したんやと。
で、船で横浜へ。
そのあと、豊橋の駐屯地に配属されたらしい。

不思議やなあ。
こんな遠くに住むトムとオレが、いまこうして高浜で喋ってるなんて。
だけど、2人の時間はそんなに長く続かなかった。

<シーン3/1946年2月:吉浜>

いつものように衣浦で釣り糸を垂れるオレのところへ半月ぶりにトムがやってきた。

ずいぶんごぶさたじゃないかよ。
王子様の物語も、あと少しだってのに。
おいなんか、ちょっと、痩せたんじゃないか。
オレよりずっといいもん食ってるくせに。

トムは、物語の最後の話を読んできかせた。

王子様と飛行士がお別れする場面だ。

「さようなら、僕のともだち。君が笑えば、星も笑う」

その言葉を、トムはオレの方を向き、目を見て口にした。

え?いまなんて?

オレゴンへ帰る?

なんで?なんで帰るん?
オレ、またぼっちになるのやだよ。
病気?
ああそうか。
そういう顔色だ。
キャンサー?
そんな病気は知らん。

本?
うん、面白かった。
最後まで読んでくれてありがとう。

なに?
どうすんだ、その本?
オレに、くれるって?
ダメだろ、息子にあげるんじゃないんか?

オレが持っている方がいいって?
・・・
そうか、わかったよ。

楽しかった。おもしろい言葉がいっぱいで。

「たいせつなものは、目に見えない」
「心で見なくちゃ、ものごとはよく見えない」

オレも、点灯夫みたいに、この町を照らしていけたらいいな。
ホント、そう思う。

トム、短い間だったけど、ありがとう。
オレ、大きくなったら、オレゴンまで会いに行くよ。

トムがまた高浜に来るときは、オレがもっともっと明るい町にしといてやる!

うん、バイバイ。

それがトムと会った最後だった。

あれから80年。

オレはトムと約束したように、電気工事士となって、高浜を明るい町にしてきた。

あのときの街灯も、星の王子さまの挿絵のようにきれいに生まれ変わった。

<シーン4/2025年2月:吉浜>

※モノローグはユウジの曽孫。25歳前後の女性イメージ

「なあに?突然呼び出したりして」

「バレンタインに別れ話?」

「いや、冗談。冗談よ」

「うん、わかった。真面目にきくわ」

「君の心に?灯りをともしたい?」

「ぷっ。いやあね、そんな昭和チックな・・・
やだ、それ、ひょっとしてプロポーズ?」

「え?Noかって?なワケないでしょ」

「どうして待ち合わせをここにしたと思うの?」

「上を見て」

「あの街灯、きれいでしょ。私のひいおじいちゃんがつくったんだよ」

「80年前に会った友だちのために」

「目を閉じて」

「もう。いいからつむって」

「今日はね、おじいちゃんが友だちからもらった古い本を持ってきたの」

「1643年にニューヨークで発売された初版よ」

「なにかあててみて。ヒントはね・・・」

「大切なものは目に見えない。心で見なくちゃいけないんだ」

「そう、正解。星の王子さま」

「伏線回収みたいだけど、星の王子さまの点灯夫みたく灯りを点し続けて」

「これから、もっともっと、私も、私の周りも、明るく照らしてね!」

「愛してる」

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