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ボイスドラマの内容
設定
- ウミ/蒼井 侑海(あおい・うみ)=高浜市内の高校へ通う高校1年生/ソラのことを思っているが自分から言い出せない/内気で奥手な性格。徹底的に人見知りするが万葉フェチ
- ソラ/神谷 蒼空(かみや・そら)=高浜市内の高校へ通う高校1年生/ウミとは幼馴染だがそれ以上の進展はない
- ヒメ/妃愛(ひめ)=万葉時代、歌会で知り合った下級貴族と道ならぬ恋に落ちた高貴な姫。男雛とは決して結ばれない女雛
<シーン1:ウミの夢の中1>
■SE〜遠くで波の音〜風の音〜笛のようなかすかな旋律
『人知れず こそ思ひ初(そ)めしか・・・』
「え・・」
ここはどこ?
・・・夢?
ああ、ここ、私の夢だ。
『いつよりか 面影見えぬ 時もなき身ぞ』
なに?
和・・歌?
きいたことない歌だし・・・
また夢を見た。
ここんとこ、毎晩同じ夢・・・。
私はウミ。
吉浜に住む、女子高生。JK。高校1年生。
3月のひな祭りが終わってから、ずうっとこの夢を見てる。
白い霧の中に響き渡る声。
和歌を読み、私に問いかける。
声の主が姿を見せることはない。
なんなの、いったい。
吉浜は人形のまち。
ひな人形や細工人形がまちのあちこちで見られる。
もちろん、うちの家にも。
うちは、桃の節句がとうに過ぎたいまも現在形。
一年中、家の中のどこかに雛壇が置いてある。
立春の日から桃の節句まではリビング。
それ以外は奥の間。
小さい頃からずっとそうだったから、ヘンだと思ったことはない。
友だちの家に行ったときは、どこにあるんだろって探したりしたけど。
それより疑問だったのは、男雛がいないこと。
うちでは、男雛を飾らないんだ。
小さい頃、一度おばあちゃんにきいたことがある。
「どうして男雛がいないの?」
おばあちゃんは優しい笑顔で、
”女雛と男雛を並べると、よくないことが起きるんだよ”
と言った。
そう言われても全然理解できなかった。
だって・・・
お友だちの家でも、お店のショーウィンドウでも、
女雛と男雛は仲良く並んでるんだもの。
だけど、なんだか怖くて、言い返せなかった。
家のなか、どこかに男雛はいるんだろうけど・・・
探そうとも思わなかった。
<シーン2/ウミの夢の中2>
◾️SE:遠くで波の音〜風の音〜笛のようなかすかな旋律
『人知れず こそ思ひ初(そ)めしか・・・』
まただ。
今日も夢を見ている。
『・・ いつよりか 面影見えぬ 時もなき身ぞ』
だれ?
あなたは、だあれ?
「わらわは親王・・・」
え?答えた?
親王?
親王って?
「新(あらた)の鎧、とでも呼ぶがよい」
新の鎧?
よけいわかんない。
「千年の時を越え、魂は、君を待ちわびて候ふ・・・」
だからわかんないってば。
(『人知れず こそ思ひ初(そ)めしか』)
またいつもの和歌だ。
何度も繰り返すから覚えちゃった。
明日学校で調べてみようっと。
<シーン3/学校の図書館>
◾️SE:図書館内のざわめき
あった。
「人知れず こそ思ひ初めしか いつよりか 面影見えぬ 時もなき身ぞ」
読み人知らず?
人に知られないようにと思い始めた恋なのに。
いつからかあなたの面影が浮かばない時はなくなってしまった。
はぁ〜。
なんて切ない歌。
意味もなく、幼馴染のソラのことが、思い浮かんじゃった。
意味がない、わけじゃないけど・・
ソラは同級生。
家も同じ吉浜で、小学校も同じ吉浜小学校。
中学も同じで、不思議と毎年同じクラスだった。
部活は違ったけど、家が近いから帰り道も同じ。
合わせてるわけじゃないけど、いつも一緒に帰る。
合わせてる・・・んだけど。本当は。
<シーン4/家の蔵:物置>
◾️SE:探し物をする雑音
見つけた。
母屋とは離れたところにある「蔵」。
うちは古い家だから、「蔵」なんてものがあるんだ。
昔の道具がしまってある奥の一角。
さらにその一番奥に置かれた大きな桐箪笥。
桐箪笥の一番下の引き出し。
それは桐の箱におさまっていた。
きれいな匂い紙に包まれた”男雛”。
埃がつもった和紙から取り出すと・・・
なんて美しい顔だち。
誰かに似てる気もするけど。
家の人が気づく前に、私は雛人形が飾ってある奥の間へ。
3月と同じように、美しく並べられたお雛様。
その一番上。
女雛の隣がぽっかりあいている。
いつも思ってた。
女雛、寂しそうだな。
少し震えながら
手に抱えた男雛を、ゆっくりと女雛の横に置く。
その瞬間。
部屋の中に風が吹き荒れ、真っ白な光に包まれた。
え〜っ!?
うそ〜!
<シーン3/2014年3月>
中学を卒業して高校へ入ると、息子は吹奏楽の部活を始めた。
なんでも、吹奏楽で有名な高校らしい。
2年生になったころ、しばらく朝練が続いた。
朝5時に家を出る。
私は4時起き。
いいのいいの。
早出で残業つけさせてもらえるから。
こんなときは息子だけじゃなく、私も体調管理には注意しないとね。
最近は弁当を残してくることが多くなった。
疲れてるんだろうな。
それに準レギュラーだって言ってたからストレスもあるだろうし。
それならば・・
大好物のとりめしをおにぎりにして、鶏のガラスープを水筒へ。
味付けはあっさり目にしたから体にもいいのよ。
息子との会話はほとんどなくなっちゃったけど、お弁当で話せるから問題ない。
息子の気持ちに合わせた、栄養バランスの良いメニューと、さりげないメッセージ。
吹奏楽の大会の日は・・・
無添加の豚肉に大根おろしとポン酢を添えて『負けないで。君の音が、ちゃんと届きますように』
風邪気味で食欲がないときは・・・
雑炊風のおかゆと無農薬の温野菜で『無理しなくていい。ゆっくり回復しよう』
ひょっとして失恋したかもしれない日は・・
授産所のみなさんが手作りで焼き上げたクッキー。
少〜しだけビターな、ぱりまるしょこらクランチね。
食物アレルギーの原因食品、特定原材料7品目が不使用なんだから。
メッセージはこう。
『サクッと次いこ!甘くてビターな心を癒して』
なんて感じ。
毎日大変だろうけど、がんばって。
<シーン5/平安時代の宮中:歌会始め>
◾️SE:静かに流れる雅楽
ここは・・・ど、どこ?
晩春の穏やかな日差しが差し込む、宮中の庭園。
曲がりくねった遣水(やりみず)のほとり。
色とりどりの狩衣(かりぎぬ)や小袿(こうちき)を纏った歌人たちが、
優雅に座している。
な、な・・・なんで?
歌人たちの前には、香を焚いた硯と白い短冊。
風に揺れる梅の花が淡い香りを運んでくる。
金屏風の前、一段高い位置に座しているのは・・・
まるでお人形のような姫君。
年の頃わずか十歳ほどながら、その佇まいは宮中の気品を湛えていた。
高貴な身分であるのは一目でわかる。
艶やかな桜色の十二単を纏い、襲(かさね)の色目は、
春の霞を思わせる淡い色合い。
光の加減によって微妙に変化し、思わずみとれてしまう。
私、どうなったの?
いま、どこにいるの?
もともと、あまり感情を表に出す方じゃないから
取り乱したりはしなかったけど・・・
気を落ち着かせて深呼吸。
ふう〜っ。
私の目は壇上の姫君に釘付けとなった。
姫君の黒髪は、肩を越えて背中まで滑らかに流れ、艶やかな光沢を放っている。
表情は年齢に似合わぬ落ち着きを見せ、周囲のざわめきにも動じていない。
薄く白粉(おしろい)を塗られた額。
小さく紅を差した唇。
彼女の視線は、常に一点を見つめている。
私?
いや、違う。
私の右横、1人の青年に向けられていた。
下を向いて短冊に何か書いているから、顔がよく見えない。
着ているものは、狩衣(かりぎぬ)に烏帽子(えぼし)。
「文様」や「刺繍」が入っていないからきっと下級貴族ね。
私、万葉オタクで、平安時代フェチだから、よくわかる。
狩衣とは、万葉の時代のカジュアルな服装。
袖や脇が縫い合わされてないから、動きやすいのよね。
位が高い貴族だと文字を入れるんだけど。
烏帽子は細長い被り物。黒い色がよく似合ってるわ。
姫君は、視線を動かさないまま白い短冊に和歌を書く。
心の内に浮かぶ想いを和歌に託して書いているんだ。
やがて、書き終わった姫君は口を開く。
(※アニメ/ヒメのセリフから抜粋)
「しのぶれど 色に出でにけり わが恋は ものや思ふと 人の問ふまで」
周囲の歌人たちから感嘆の声があがる。
え?
それって、平兼盛の歌じゃなかったっけ?
読み終わったあと、じっと見つめる姫君の視線の先。
隣の青年が顔を上げた。
ソ、ソラ!?
青年の顔は幼馴染のソラとうりふたつ。
っていうより、ソラそのものだった。
私が声をかけようとしたとき、
短冊を手にして、ソラの口が開いた。
『人知れず こそ思ひ初めしか・・・』
「ソラ!だめ〜っ!!」
思わず、声が出てしまった。
一斉に私の方を振り返る歌人たち。
姫君は・・・
困惑と憤怒の表情で私を睨みつける。
憎しみに満ちた表情のまま壇上で立ち上がった。
その瞬間。
歌会は再び真っ白な光に包まれる。
ゆっくり光の霧が晴れていくと・・・
目の前には見慣れた雛壇。
おうちだ・・・
いまの、一瞬の異世界召喚だったってこと?
う・・・
うそみたい・・・
なんだったの、いったい・・・
<シーン6/ソラヘの思い>
はっ。
私は思わず雛壇の一番上から、男雛をつかむ。
女雛にキッと睨まれた気がした。
そのまま母屋を飛び出す。
門扉の向こう側、家の前は学校へつづく道。
塀越しに、道の向こうから部活帰りのソラが歩いてくる。
「ソラ!」
ソラがうちの前を通り過ぎたとき。
私は思わず、男雛を抱えたまま、家の外へ出る。
はぁ、はぁっ・・
息を切らして駆けていく私。
不思議そうな顔で私を見つめるソラ。
ソラの視線は私の顔から、胸に抱いた紙包へ。
『それは?』
あ・・・
「ううん。
なんでもない」
私はポストの後ろに男雛を隠した。
「それより、鶏めし食べに行こうよ。
おなかすいちゃった」
『でも、もうすぐ夕ご飯だろ』
「いいから。行こう」
『わかった』
千年の時を越えて出会った魂。
姫君と狩衣の青年。
姫君の、恋に焦がれる瞳。
その想いは手に取るようにわかった。
だって、それは私の想い。
いつかソラに私の想いを伝えられるとき。
もう一度、あの瞳に出会うかもしれない。
なんだか、そんな気がする。
十二単のような夕陽の茜色が、あたりを赤く染めていった。
※アニメ「いきびな」の前日譚でした