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ボイスドラマの内容
設定
- 主人公・ルイーズ(年齢不詳):北欧生まれの人魚。プリンセス候補の1人。修行のために衣浦の海に住んでいるが、この小さな海がどうしても好きになれない。
- サトシ(21):高浜の電気工。友達が次々と出征して戦地にいくなか、徴兵検査で丁種となり悶々としている。そんなとき幼馴染のマサルの戦死公報が届く。
[シーン1:1944年夏/衣浦の海】
◾️SE:潮騒の音/海鳥の声/遠くに聞こえる汽笛
赤、青、黄色。
色とりどりの魚たちが珊瑚礁の間を泳いでいく。
光のカーテンがゆらゆら揺れて、まるで宝石みたいに美しい海。
パラオ。
透き通るようなエメラルドグリーンの水面。
白い砂浜に打ち寄せる波。
マンタと一緒に、空を飛ぶように泳ぐ海。
モルディブ。
エメラルドグリーンからコバルトブルーへ。
息をのむような美しいグラデーション。
天国に一番近い島。
ニューカレドニア。
ああ〜、なんて素敵なの〜
美しい海は世界中にこんなにいっぱいあるのに・・・
◾️SE:暑苦しいセミの声
なんで私は衣浦?なんで高浜?
海か川か、わかんないような海。
いつまでここにいればいいの〜!?
私の名前はルイーズ。
おわかりだと思うけど、マーメイド。
場所によっては、セイレーンとか、ローレライって呼ぶ人もいるわね。
日本では、そ、人魚。
ジュゴン?マナティ?
ちょっと勘弁して。
あの海棲哺乳類のどこから麗しい人魚の姿が想像できるっていうの?
それに人魚の世界って厳しいのよ。
ポセイドンっていう神様の下で何年も修行して
やっと自分の海を持たせてもらえるんだから。
で、私の海は・・・衣浦?
夏だというのにカラフルな熱帯魚もいないし、海亀だっていない。
真っ白な砂浜だって・・・
なんで?なんでよ〜?ポセイドンさま〜
しかも・・・
いまって何年?
私たち人魚には時間という概念がないからよくわかんないけど・・・
1944年?
たしか世界中で戦争が起こってたんじゃない?
そうそう。ポセイドンさまが言ってたわ。
”戦争とは、神々の時代から幾度となく繰り返されてきた愚かな所業。
人間たちの欲のために、陸(おか)は火の海となり、
美しく青い海は血で赤く染まっている。
かつては美しく、清らかであったこの海も、
今や醜い憎悪と悲しみを吸い込み、深く澱んでしまった。
人間たちよ、いつか、その報いを受けるであろう”
だって。
この高浜ってところには、まだ爆弾とかは落ちてないんだけど、
人間の数がどんどん減っているんじゃない?
男の人は戦地に送られ、女の人や学生さんは名古屋の工場に行ってる。
畑とか田んぼとかどうするのかしら?
陸(おか)の食べものがないからって、魚をもっといっぱい獲っちゃうの?
魚って私たち人魚の眷属だから、守ってあげないと。
チヌ、セイゴ、メバル、カサゴ、サッパ、ハゼ、イサキ、シイラ。
みんな、隠れなさい。逃げなさい。
人間なんかにつかまっちゃだめよ。
私が魚たちを転進させている頃、陸(おか)の上ではいろんなことが起こってたみたい。知らんけど。
[シーン2:1944年秋/出会い】
◾️SE:友人の葬式(棺桶に入っているのは戦死の知らせの紙だけ)
「このたびはご愁傷さまで・・・」
「あ、サトシです。ほら、小さい頃マサルと一緒に遊んだ・・」
「ああ、ボクには赤紙はまだ・・・」
「そ、そうです。徴兵検査で丁種(ていしゅ)だったので・・・」
「非国民?そんな・・そんな・・・ボクだって」
「帰れ?お願いです!線香の1本くらいあげさせてください」
「マサルの・・」
◾️SE:バシャっと水をかけられる音
「失礼、しました」
海沿いの古民家でおこなわれていたお葬式。
一人の若者が、水をかけられて、追い出された。
ってか、家にもあげてもらえなかったのね。
なんか、陰鬱な顔して
ひとりで海の方へとぼとぼ歩いてくる。
私は退屈だから、浜辺に腰掛けて、人間の営みをぼんやりと眺めていた。
どこの家も軒先に赤い提灯を飾るんだ。
ほおずき提灯っていうの?いまの時期だけかしら。
きれいだな。
衣浦に夕陽が沈む。
夕陽のオレンジとほおずき提灯の赤が混ざり合って
幻想的な風景を作り出す。
まあまあ、かな。悪くない。
そのとき・・・
◾️SE:海に身を投げる音「ザバ〜ン!」
え?
なに?
向こうの岩場だわ。
尾鰭を素早くくねらせて水音がした方へ泳ぐ。
あれは・・・人間だ。
あっ。さっき、夕方。お水をかけられていた男の人。
私は、迷うことなく彼を水から引き揚げる。
だって、この海で土左衛門なんて、冗談じゃないわ。
土左衛門?水死者のことでしょ。
春先に、貝掘りにきてたおばあちゃんに聞いたもん。
なんか、可愛い呼び方。と〜っても不謹慎だけど。
彼を抱えて浜の方へ。
よっこらしょっと。
なんとか砂浜に寝かせた。
意外と軽いわね。
ちゃんと栄養とってないんじゃない。
よく見ると、可愛い顔。
タイプってわけじゃないけど、悪くないわ。
思わずじぃ〜っと見つめる。
ゆっくりと彼の目が開いた。
予想外の展開。
私は慌てて、海の中へ飛び込む。
人魚の掟では、人間に姿を見られるのは御法度。
もしも見られたのが男の人だったら、
その人と結ばれないといけないの。
女の人だったら?あ、それは聞かない方がいいと思うわ。
それに、私たち人魚に見つめられた男の人は、例外なく恋に落ちるの。
これは、ま、絶滅危惧種でもある人魚の、種を維持する本能かも。
あ〜、でも危ない危ない。
もう少しで結婚しなきゃいけなくなるとこだった。
波の下からそうっと陸を覗くと・・・
月の明かりに照らされた彼が、浜辺に立って
いつまでも海を見つめていた。
[シーン3:1944年秋/逢瀬】
◾️SE:潮騒の音
その日から彼は、毎日浜辺に来るようになった。
日が昇る時間からひとりで海にきて、
帷が降りるまで海を眺めている。
なんで?
まさか・・まさか。
彼・・私に魅入られてる?
夏が過ぎ、秋になって、稗田川から彼岸花の花びらが流れてくる。
花びらがピンク、黄色、赤と変わっていっても、彼は浜辺に立ち続けた。
これは・・・間違いないわね。
わかった、もう私の負け。
高浜川からも稗田川からも真っ赤な紅葉が流れてくる季節。
私は、彼の前に姿を見せた。波の上に顔だけだして。
◾️SE:潮騒の音
「やっぱり・・幻覚じゃなかったんだ」
「あなた、名前は?」
「サトシ。君は?」
「私はルイーズ。年はいくつ?」
「廾壱(にじゅういち)。君は?ルイーズ」
「失礼ね、女性に年を聞くもんじゃないわよ」
「これは失敬」
「年が明けると120歳くらいかしら・・」
「ひゃ、ひゃくにじゅっさい・・・」
「繰り返さないでよ」
「ご、ごめん。でもまだ信じられない」
「そりゃそうよね。人魚は人間の前に決して姿を見せないんだから」
「え・・・じゃ、どうして姿を見せてくれた の?」
「それは・・・ま、おいおいわかるわよ」
「なんか・・怖いな」
「臆病なのね」
「臆病・・・そんなことはない!!
どんな理由だって構わないさ。
僕は・・・君のことを慕っているのだから」
「やっぱりそうよねー」
「すごい自信だな・・」
「いや、そういうわけじゃないけど」
「君のことをもっと知りたいんだ」
「いいわ、教えてあげる」
私は、波の上に腰から上を出した。
長い髪で胸を隠して。
立ち泳ぎしながら、尻尾の先を波間から出す。
「本当に・・人魚なんだ」
「私、こう見えて王家の出なのよ。プリンセス候補のひとりってわけ」
「プリ・・・?」
「プリンセス。お姫様ってこと」
「お姫様・・」
「そ。で、いまはこの衣浦の海で修行中」
「そっか・・・」
「あなたのことももっとちゃんと教えて」
「わかった」
私たちはこのあと、1時間以上も語り合った。
サトシの身の上。
父も母もサトシが幼い頃に亡くなって、身寄りもなく物乞いのような生活。
食べ物につられて戦争の徴兵検査に行ったけど持病で落とされたこと。
幼馴染の両親から、非国民と言われて、身を投げたこと。
そうだったんだ。人間の世界も楽じゃないのね。
いつの間にか、サトシは波打ち際まできて、かがんでいる。
私も首だけ出していた波間からサトシの前へ。
尾鰭もあらわに、ぺたんと波打ち際に座っている。
話を聞きながら、私はサトシの手を握った。
私を見つめるサトシの瞳が潤む。
高浜の誰もいない砂浜。
月明かりの下。
サトシと私は人目を忍んで逢瀬を重ねていった。
[シーン4:1945年/正月】
◾️SE:冬の潮騒の音(北風混じりの潮騒)
「ルイーズ、あけましておめでとう」
「なあに、それ?」
「新しい年になったらこう言うんだよ、人間の世界じゃ」
「ふうん」
「ねえルイーズ、陸の上はこんなに寒いのに、海の中は冷たくないの?」
「そりゃ冷たいわよ。でも多分、陸よりはあったかい。
ドイツのライン川に住んでるローレライは結構寒いって言ってたわ。
地中海のセイレーンはあったかそうだけど」
「いろんな友達がいるんだね」
「うん、いるよ」
「実は今日、相談があるんだ」
「なあに?」
「いま戦争が大変なことになってきてるらしい」
「どういうこと?」
「日本が負けそうってこと。
だから丁種のボクも徴兵されるかもしれないんだ」
「徴兵?」
「戦争に行かされるってこと」
「そんなのダメ!」
「だけど朝晩ご飯がでるんだよ」
「ダメ」
「なんで?」
「あなたは私と結婚するんだから」
「え?」
「前にあなた、私のふるさとに行ってみたいって言ったでしょ」
「うん」
「今度連れてってあげる。
お父様お母様に報告をしてくるから待っててくれる」
「わかった」
「愛してる」
「僕も。愛してる」
こうして私は10年ぶりに里帰りをした。
私が王位継承よりも人間との結婚を選んだことに、父も母も驚きを隠せない。
まあ、そりゃ、そうだよね。
今から思えば私、物欲の塊だったし。
サトシのこと、こんなに好きになるなんて思ってなかったんだもん。
ああ、早くサトシの顔が見たい。
衣浦へ帰りたい。
恋に落ちた私を、王である父も、王妃の母も微笑ましく見つめていた。
[シーン5:1945年1月13日/三河地震】
■SE:突然の轟音、激しい揺れ、家屋の崩壊音、人々の叫び声
1945年1月13日午前3時38分。
それはちょうど私が実家から衣浦へ戻ったときだった。
三河地震。マグニチュード7.0。
■SE/水中の鈍い爆発音「ドン!」
なに、これ!?
考える間もなく地響きが水の中を伝わってきた。
下の方からもなにか上がってくる・・・
それは無数の小さな泡。
海の底から吹き出した細かい泡が私を包み込んでいく。
そのあとは、海底がどんどん濁りはじめた。
あっという間に周りが何も見えなくなる。
これは・・・地震!?
はっ!
彼は?サトシは大丈夫?
私は慌てて浜へ急ぐ。
水圧の変化で耳が痛くなりながら、海面に顔を出すと・・・
うそ!?
まちがなくなってる!
あちこちから火の手が上がる。
陸では高浜のまちが甚大な被害を受けていた。
サトシ!
サトシ!
どこにいるの!?
海の中からじゃわからない!
陸にあがりたい!
誰か!誰か!助けて!!!
私はどうなってもいい!
サトシを助けて!
願いは聞き入れられた。
私の尾鰭は人間の足に。
陸の上を自由に歩けるようになった。
だがこれは魔法使いとの契約。
代わりに失ったものがある。
”声”だ。
そんなの大丈夫。
私を見ればサトシはわかってくれる。
私は、授かった人間の足で高浜のまちへ。
変わり果てたまちの様子に絶望しながらサトシを探す。
瓦礫の中をさまよい、必死にサトシを探し続ける。
見つけた。
瓦礫の陰で倒れているサトシ。
サトシ!サトシ!
私は声に出せない声で彼に呼びかける。
お願い、目を開けて。
やがて・・・
ゆっくりと、目をあけるサトシ。
よかった!
これでもう大丈夫。
”サトシ!私を見て。
私よ、私。ルイーズ!”
”え?どうしたの?
私がわからない?”
うろたえる私の前に知らない人間が現れた。
彼らは手際よくサトシを戸板(といた)に乗せてどこかへ運んでいく。
”待って、私も一緒に!”
私は”黙って”彼らについていく。
置いていかれないように、慣れない足を動かして。
サトシが運ばれたのは、専修坊(せんじゅぼう)というお寺だった。
たくさんの怪我人が境内に寝かされている。
私はサトシの顔を覗き込む。
”サトシ、大丈夫?”
声ではなく表情で語りかける。
サトシは私と目を合わせようとしない。
まるでそこに私などいないかのように。
やがて『救護班』という腕章をつけた女性と、医者がやってきた。
医者は、サトシの目を開いて、覗き込む。
名前や年齢を尋ねるがサトシはまったく反応がない。
『視力が失われておる』
『意識はあるが、記憶を喪失しているかもしれん』
私の方を見て、それだけ言うと、次の怪我人の元へ去っていった。
そんな!そんな!
じゃあ、どうやってサトシに私のこと伝えればいいの?
どうやってサトシを助ければいいの?
神様!お願い!
私もうどうなったっていい!
命と引き換えたっていい!サトシを助けて!お願い!
再び願いは聞き入れられた。
ルイーズはサトシに別れを告げて海へ。
ほどなく、海の泡となって消えていった・・・
サトシの視力は戻り、ルイーズ以外の記憶は元通り。
あとは静かに時が癒していく・・・
[シーン6:1945年8月/終戦】
▪️SE:瓦礫の音、遠くから聞こえる玉音放送の雑音(ラジオ3:30〜)
ラジオから玉音放送が流れ、戦争の終わりを告げる。
あれから毎日、サトシは高浜の浜辺へやってきた。
自分でもなぜだかわからない。
徴兵検査ではじかれ、幼馴染の葬式で追い出され、
高浜の海へ身を投げたところまでは覚えている。
そのあと、どうやって自分が、今日まで過ごしてきたか。
知っている人間は大半が地震で命を落とし、尋ねる相手さえいない。
潮騒に乗って、なにかが自分の心にささやきかける。
”サトシ。もう大丈夫だよ”
それは、海風の歌声のようにも聞こえた。
潮騒に耳をすませ、サトシは水平線の彼方をいつまでも見つめていた・・・