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- 主人公/詠未=34歳。高浜市内でベーカリーショップを営むバツイチ女性。亡き母から受け継いだお店では毎月2回、イートインスペースを開放してこども食堂を運営しているが、そこまで真剣には考えていない。そんなこども食堂に今年からやってくるようになったのは、小学校低学年くらいの女の子ユキとユキが連れてくる幼稚園児くらいの男の子ナギ。姉弟だと思っていたのだが、実は・・・
<シーン1/クリスマス商戦の街角(1年前)>
■SE〜街角の雑踏/聴こえてくるクリスマスソング
『恵まれないこどもたちに寄付をお願いします!』
「え?あ、ごめんなさい。いまちょっと持ち合わせがなくて・・」
え?嘘じゃないわ。
だって最近は電子マネーばっかりで、現金なんて持ち歩かないもの。
こう見えても私、市内で月2回『こども食堂』をやってるんだから。
って私、誰に言ってるの?
ウケる。
私の名前は詠未。
34歳。バツイチ。
高浜市内でベーカリーショップをやってるんだ。
元々低血圧の方だから、朝の早いパン屋は不安だったけど。
まあ、ママがおばあちゃんの代から守ってきた店だし。
ママが亡くなったとき、ホントはお店たたんじゃおうと思ったのよ。
でもね、考えてるうちに、『こども食堂』の日がきちゃって。
知ってる?
高浜市内の『こども食堂』って、高浜市こども食堂支援基金っていう支援を受けてるの。
それに、地元の人や企業からも寄付があるし、ボランティアも来てくれるんだ。
で、食べに来てくれる、こどもたちがね。
美味しい美味しいって言って、本当に美味しそうに食べてくれるんだ。
私、大して料理うまくないのに。
あ、そうそう。
こども食堂は、ベーカリーのイートインスペースでやるんだけど、この日はパンだけじゃないのよ。
朝から、ごはんをいっぱい炊いておにぎり作ったり、あまった分でとりめしの混ぜご飯を作ったり、もう大変なんだから。
うん、ママの意志をとりあえず継いで、お店も子ども食堂も守ってるって感じ。
いまっぽくリフォームして。
そう、あれは半年前。
学校が夏休みに入った頃だったかな。
<シーン2/こども食堂・夏>
■SE〜初夏のセミの声〜こども食堂の環境音へ
「ちょっとみんな!ちゃんと並んで!
こら、タケシ!横はいりしない!
今日のおかずは・・ハンバーグよ!」
■SE〜こどもたちの歓声があがる
はぁ〜。
今回も結構持ち出し多いなあ。
ん?あれ?
入口に立ってるのって・・・
小学校1年か2年くらいかな。
ショートヘアの女の子と、幼稚園児っぽい男の子。
きっと姉弟(きょうだい)・・だよな。
「どうしたの?
遠慮しないで、お入りなさいよ、中へ」
『はい・・』
消え入りそうな声で答える。
しっかりつないだ手にひっぱられて、弟も入ってきた。
「そこの隅っこ、空いてるから座って」
『はい』
「とりめしとハンバーグ、2人分、置いとくね」
『ありがとう・・』
2人は、米粒ひとつ残さず、ハンバーグのソースもスプーンですくいとってキレイに完食した。
淹れてあげた紅茶も一滴も残さず飲み干す。
食器の入ったお盆を厨房へ持ってくる2人。
「あ、そんな。洗わなくてもいいのよ」
洗う場所を探す2人に思わず声をかけた。
2人はお辞儀をして、お店を出ようとする。
「ちょっと待って」
不安気な表情で振り返る女の子。
私はつとめて笑顔で・・
「あのね、全然強制じゃないんだけど、
ここに来てくれる子たちにはノートに名前とか書いてもらってるの。
あ、でも、別に書かなくてもいいのよ」
結局、少し躊躇ったあとで、少女は名前を書いた。
ユキとナギ。
だけど、苗字が違う。
どうして?
そう。2人は姉弟ではなかった。
しかも住所は市外。
ホントは高浜市内のこどものための食堂なんだけどな。
でも、そんなこと構わない。
月に2回、子ども食堂を開く日、2人は必ずやってきた。
少しずつ話をするようになってわかってきたこと。
ユキとナギが知り合ったのは、病院のリトミック室。
ユキは、母親が入院している。父親はいない。
ナギは・・・
ほとんど口をきかないから詳しいことはわからないけど親の話をすると泣き出してしまう。
やっぱり、なんかの事情で親と暮らしてないのかな。
ユキは親から毎日500円ずつもらってナギと一緒に1日を過ごすという。
そっか。学校休みだから給食がないんだ。
でも、500円で朝昼晩って・・・
話の流れから推測すると、2人とも親戚もいないらしい。
少子化の影響?
ユキの話では、どうも児童相談所の人がこの先どうするかを相談にのっているみたいだ。
入院している親にもしなんかあったときは児童養護施設に行くみたい。
児童養護施設なら、食べ物に困らないから今よりいいかも。
なんて、2人には言えないけど。
夏休みが終わり、秋風が吹く頃。
2人はこども食堂に顔を見せなくなった。
ひょっとして、施設に入ったのかな。
だとすると、お腹いっぱいご飯食べられてるよね。
ここに来れないのは、子どもだけで外出できないから?
いいことだ。
ベーカリーと子ども食堂。
相変わらず忙しなく走り回る毎日。
めまぐるしい日々の中でも、ユキとナギを忘れることはなかった。
「どうやったら、あの子たちの力になれるんだろう・・」
ぼんやりとそんなことを考えながら、知らないうちに、季節は冬を迎えていた。
<シーン3/こども食堂・冬>
■SE〜北風の音〜こども食堂の扉を開ける音
「あ・・」
『こんにちは』
子ども食堂の入口に、立っていたのは・・ユキ。
その手を相変わらずナギがぎゅっと握りしめている。
「さ、さ、入って。寒かったでしょ」
2人はいま、隣の町の児童養護施設にいるのだという。
やっぱり。
「今日はどうやってきたの?」
『こうやってきた』
つないだ手を振るユキ。
「え?
歩いて・・・きたの?」
口角をあげてうなづく。
「こんな遠くまで・・・よく2人だけで来れたわね」
問い詰めると、施設のスタッフに無理を言って、一時的な外出許可をもらったらしい。
「もう・・・しょうがないわねえ」
「帰る前に、ご飯は食べていきなさい。もうお昼でしょ」
大きくうなづく2人。
ナギがトイレに行くと、ユキが
『相談があるの』
私の目を見てつぶやいた。
クリスマスプレゼントを渡したい人がいるんだって。
ほほえましい。
ナギに渡すんでしょ。
『でも、お金持ってないし』
「お金なんていらないわよ」
『え?』
「大切なことはね、世界でたったひとつのプレゼントにすること」
『そんなん無理』
「無理じゃないよ。
例えば私だったら、なにもらうと嬉しいかなあ・・」
『なあに?』
手作りのもの。
美味しいもの。
愛がこめられたもの。
それなら、なんだって嬉しいわ。
あと、プレゼントを渡すシチュエーションも大事よ。
たとえば・・・
ほら、この前点灯式やってた、クリスマスイルミネーション。
幻想的な灯りの下で受け取ったら絶対感動するわよ。
ユキが瞳をキラキラさせて聞いているとき、ナギが戻ってきた。
『私もトイレ』
ユキは嬉しそうな顔で席をはずした。
すると、
『ねえ、教えて』
今までほとんど喋らなかったナギが口を開いた。
それは、ユキとまったく同じ相談。
なんか私、クリスマスプレゼントっていうと、もらうことばかり考えていた。
誰かにあげたい、っていう2人の気持ち、すごいな。
自分が恥ずかしい。
ナギにもユキと同じことを伝えて、2人を見送った。
そうか、お互いにプレゼントの交換かあ。
嬉しいサプライズだろうな。
心が洗われたような気がした。
<シーン4/クリスマスが近い日>
■SE〜街角の雑踏/聴こえてくるクリスマスソング〜こども食堂の雑踏へ
クリスマスを直近(まじか)に控えた休日。
私は今年最後のこども食堂を準備する。
少し前に、ユキとナギの暮らす児童養護施設へ連絡をした。
事情を話して、ボランティアとしてお手伝いしてほしいと。
と言っても試食をね。
この日のこども食堂は大賑わい。
結局夕方までお店を開けていた。
こども食堂が終わってから、児童養護施設に電話を入れる。
ユキとナギは責任を持って送っていくからと。
3人で手をつないで、高浜港駅まで歩く。
ほどなくイルミネーションの煌めきが見えてきた。
「寒いけど、ちょっとだけ寄り道して見ていこうか」
光の輪の下で立ち止まる。
そのとき、ユキとナギの手が私から離れた。
「え?」
2人は私の前にまわりこみ、紙袋から箱を取り出す。
それを私に差し出して・・
『メリークリスマス』
「うそ・・なんで?」
箱の中身は、クリスマスリースとクッキーだった。
もちろん手作り。施設で一生懸命つくったのだという。
「プレゼントをあげたいのって、私だったの?」
ユキもナギも満面の笑顔。
私は、涙をこらえながら、同じように紙袋から取り出す。
「クリスマスに送ろうと思ってたのに。
これ、ちょっと早いけど。
メリークリスマス」
2人のために私が用意していたのは、手編みのマフラーと手袋。
手編みなんて、中学のとき以来なんだから。
「結局、プレゼント交換会になっちゃったね」
時間を忘れて、イルミネーションを見上げるとなにかが私の頬にあたった。
八角形の結晶。
初雪・・
私は慌ててバッグの蓋を閉める。
大切な用紙が濡れないように。
それは、里親研修の申込書。
審査、通るといいな。
イルミネーションに反射して、純白の結晶が、小さな天使たちを祝福するように舞い降りてきた。