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ボイスドラマの内容
設定
- ルイ(34歳)CV:山崎るい=名古屋市内の大手デパートで企画広報部長をつとめる。ストイックで仕事熱心な彼女のことを部下たちは影で”鉄の女”と呼んでいる。高浜市出身だが忙しくて年末年始も帰省できていない
- エミリ(28歳)CV:桑木栄美里=ルイと同じデパートで働くルイの部下。大学時代にマーケティングを学び企画広報部の中心。本当は大学を卒業するとき絵画を学び直して美大へ進みたかった。周りには隠しているが実は高浜市出身(就学と同時に親の転勤で引っ越していった)・・・
- ルイの母親 CV:桑木栄美里
<シーン1/1995年3月:高浜市の雛めぐり>
■SE〜子供雛行列の賑わいジリと音を立てる
「行ってきまーす!」
艶やかな装束に身を包んだ少年少女が、町を練り歩く。
あれは今から30年前。
8歳の私は、十二単を身に纏い、こども雛行列の先頭を歩いた。
こども雛行列。
高浜市吉浜地区で毎年おこなわれている伝統行事。
姫、殿、官女、五人囃子、右大臣,左大臣、3人の仕丁の15人が
縦一列になって吉浜の町をゆっくり進んでいく。
”ルイ、この先ずう〜っと健やかに育っていってね”
両親の思いを背負って、私は”いきびな”になった。
第一回目のこども雛行列。
この日の光景は、いつまでも記憶から消えることはないだろう。
<シーン2/2025年2月:名古屋市の有名デパート企画広報室>
■SE〜会議室の雑踏
「今度の催事コンセプトは”弥生〜ひいなの目覚め”です」
自信満々でエミリがプレゼンする。
エミリは、私の部下。
名古屋市内の大手デパートにある企画広報室が私たちの職場だ。
今日は、月1回の企画会議。
10階に設けられた催事フロアで毎月季節に合った特別展を開いている。
今年からエミリが中心となってその企画をプロデュースしていた。
「ひいな、というのは日本古来の人形遊びに由来する言葉。
雛人形の歴史や文化を通じて、昔の日本の美を紹介しようと思って。
もちろん雛祭りにまつわるグルメも」
「具体的には?」
「まず、「ひいなの美と変遷」と題して、パネル展をおこないます。
昔の歴史絵巻から江戸時代の浮世絵まで」
「ふうん。それから?」
「実物も展示したいと思っています。
古典雛とか。
徳川美術館なら以前も問い合わせしてるから借りられるかも」
エミリは部長の私に臆せず、毅然とした態度で提案する。
ほかのスタッフはエミリより年上が多いけど、
結構みんな私に距離を置いてるのよね。
そりゃまあ・・
34歳。独身。企画広報部長。スキルも実力もあってストイック。
って先入観があるからしかたない。
いまだにおひなさまに憧れを持つ精神乙女だなんて
誰も想像だにできないだろうし、ふふふ。
「あと、いま話題の福よせ雛を集めるのはどうでしょう?
役目を終えた雛人形ということで物語も作って。
SDG’sにもなりますよね」
「なるほどね。で、あとは?」
「グルメですね。大丈夫でよ。
京都「亀屋良長」(かめやよしなが)の焼きメレンゲ。
東京・神田「すし定」のデカ盛りチラシ寿司。
極め付けはお隣・桑名から、はまぐりのお吸い物。
有名料亭に出ばってもらってイートインできるようにします。
どうですか?」
「うん。いいんじゃない。美味しそうだし。
でも、ちょ〜っと引っかかるのよね」
「え?なにが?」
「今回の催事は3月になってからがメインでしょ」
「ええ」
「テーマがおひなさまだと、
時期的にほかのデパートがやりつくしちゃってるんじゃない?」
「いや、それも考えたんですけど・・・」
「なあに?」
ライバル店のの企画って情報入ってきてるけど、なんかどれも似たり寄ったりで、つまんないと思います。
私、実は昔からお雛様って特別な思いがあって・・」
「え?」
「(ちゃんと)みんなにわかってほしいんです。たいせつなこと」
「たいせつなこと?」
「お雛様って、女の子の健やかな成長を願って女の子が元気に育ってくれるように飾るもの。
そんなん常識だけど、だけじゃないんです。
平安時代なんて子供がちゃんと大きくなるのって大変だった。
幼いうちに亡くなっちゃう子が多かったから。
で、流しびなをして、心から願ったんです。
だから私、昔と今を結ぶような催事にしたいと思って」
「そっか」
「それに、最後の仕掛けとして、”桜”につなぎたい」
「桜?」
イベントの後半は、次の季節への橋渡しをテーマにしちゃだめですか?
『ひいなが目覚めたら、春を迎える』という感じで」
「・・・わかった。いいよ」
「やった」
「そもそも福よせ雛っていうのは、おひなさまだけじゃなくて
五月人形も入れていいんだから」
「そうなんですね」
「じゃおひなさまと桜をテーマにとりいれましょ。
私からも補足案出していい?」
「ぜひ!」
「まずパネル展だけど。例えば、喜多川歌麿の「雛祭り」なんて
借りられないかしら。
私、東京国立博物館に友達がいるから聞いてみるわ」
「リア友ですか。部長すごっ」
「別に特別なことじゃないわ」
「えっと、桜ならいろいろコラボとかできそうですね」
「そうそう。
東京・長命寺と大阪・道明寺の桜餅食べ比べ!なんてよくない?」
「いいですねえ。
あと、サテライトイベントでお花見とか」
「いいわ。でも、ありきたりのお花見スポットじゃ差別化できないわよ」
「ですね。 MTG終わってからリストを出しておきます」
「私も付き合うね」
「ありがとうございます」
エミリって、裏表がないのよねえ。
上司が残業に付き合うのって嫌がる子、多いんだけど。
マーケターとしていいセンス持ってるし。
だからこそ私、そこそこ厳しい上司の顔で接してるの。うん。
<シーン3/2025年2月:会議のあと>
■SE〜カフェの雑踏
「部長、今日はありがとうございました」
「ルイでいいわよ、エミリ」
「はい・・・ルイさん」
「こっちこそ、ごめんね。会議のあとまで付き合わせて」
「いえいえ〜・・ルイさんと話してると勉強になるから」
「またまた・・・で、お花見の候補地、いいとこありそう?」
「難しいですね。有名すぎるところは避けても」
エミリは自分のスマホからカメラロールを開く。
「いいな、と思ったらお花見NGだったり」
「見せてもらっていい?」
「ええ、どうぞ」
エミリは私の目の前にスマホを置いて、スワイプしていく。
「あ〜、ここもだめか」
「え、ちょっと待って」
「はい?」
「1つ前の写真・・」
「ああ、これ?
おばあちゃんの実家の近くなんです」
「それって・・」
「高浜・・大山緑地・・・」
「千本桜!?うそ・・・」
「知ってるんですか?」
「だって、高浜は私の実家・・」
「え?」
「私は吉浜だけど」
「おばあちゃんちも・・・」
「吉浜なの!?それじゃあ・・」
「私、小学校のとき、こども雛行列に参加したんですよ」
「え・・」
「全然興味なかったんだけど、両親とおばあちゃんに強制的に参加させられて・・」
「どうして・・」
「私、生まれたとき10歳上のお姉さんがいたんだけど、私が2歳のときに亡くなっちゃったんです」
「そんな・・」
「だから、パパも、ママも、おばあちゃんも、私にこども雛行列に出なさいって」
「ああ、そうか・・。
それでおひなさまのことをあんなに考えてたのね」
「そういえば、ルイさんって、『ひな祭り』じゃなくて絶対『おひなさま』って言いますよね?」
「そうね・・
だって、おひなさまは、私にとって特別な存在」
「え」
「実は私も小学校に入った年、こども雛行列に参加してるのよ」
「ええ〜!?」
「だけど、もう20年以上帰ってない。
昨日も姪っ子からLINEがきたんだけどね。
こども雛行列に参加するから見に来てほしいって」
「へえ〜。きっと可愛いだろうなあ〜」
「だぶんね。
でも即答で、無理だって断っちゃった」
「そんな・・・
じゃあ、今度一緒に里帰りしましょうか!」
「千本桜に合わせて?」
「うん!」
「高浜へ!」「高浜へ!」
(※同時に)
エミリがいつもの愛くるしい笑顔を見せる。
2人の過去が不思議な交錯をして、いまの雛めぐりにつながっていく。
あの日のこどもたちの歓声がはっきりと蘇ってきた。