禍ツ魂(2025年6月)

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<シーン1:スタジオオーディション『鬼師 vs 禍ツ魂』>

◾️SE:雷鳴轟く豪雨の中

『おのれぇ!こざかしい鬼師どもめがぁ!

おまえらごときにこの禍ツ魂の術が破れるものか!?
これでもくらえ〜!!』

◾️SE:爆発音

『なん・・だとぉ〜!!!

術が効かぬ!鬼瓦に吸い込まれる!!!

くそぉぉぉぉ〜!鬼師めが!

これで終わりと思うなぁ〜!

きさまを倒すまでわれは何度も蘇えるからなぁ!』

◾️SE:音響監督のモブ声「はい!オッケー!」

あ〜、しまったぁ。

ちょいと、やりすぎちゃったかも。

いつもの調子で、ハラから思いっきり声だしちゃった。

最後、アドリブまで入れてるし・・・

ってか今日、バイト先で超ムカついたんだよねー。店長に。

早朝のシフト終わって私にかけた言葉が、

『おつかれ〜。オーディションがんばって。あでもー。

声優なんて食ってけないんだからいい加減あきらめたら〜?』

だって。

ざけんな、っつうの。

あ〜!

ったく、セリフに力入ったわ〜。

あ、いかんいかん。

まだオーディション終わってないし。

今日は、一年後に放送される2026年夏アニメのCVオーディション。

って早すぎ?

いやいや、TVアニメなんてそんなもんよ。

絵が出来上がる前のアフレコなんてザラだから。

タイトルは『鬼師』。

鬼師というのは、鬼瓦を作る職人のことらしい。

舞台は愛知県高浜市というところ。

なんでも、瓦の生産量が日本一なんだって。

へえ〜。知らなかった。

物語の世界は、平安時代末期から鎌倉時代。

世の中には鬼が闊歩し、人々に畏れられていた。

まさに『百鬼夜行絵巻』の世界。

鬼たちが集まる高浜には、鬼師がいた。

鬼師とは、鬼を討伐する専門職。

特殊な結界を張った瓦に、鬼を封じ込めて葬り去る。

はるか遠い昔の物語。

鬼師と鬼の果てしない戦いを描くアニメだった。

CVオーディションは音響監督の決めうちじゃなくて、

呼ばれた声優たちがいろんな役を演じる。

私はラスボスの鬼じゃなくて、ヒロインの美少女鬼師狙い。

だって最近、アニメじゃいっつもモブか人外ばっかなんだもん。

そうそう。

気持ちを切り替えて、と。

よろしくお願いしま〜す!!

<シーン2:自宅のアパート>

◾️SE:小鳥のさえずり/朝のイメージ

結局、決まったのは鬼の役。

セリフにもあったけど『禍ツ魂』という、すごい名前の鬼。

めっちゃ強そお〜。

源頼光(みなもとのらいこう)に討伐された酒呑童子(しゅてんどうじ)の転生した姿だって。

フィクションだけど。

確か、台本の決定稿きてたよなあ・・・

◾️SE:台本をペラペラめくる音

あれ?

なんか、これ。

オーディションのときと変わってない?

この内容、主人公は・・・禍ツ魂・・・

私〜っ!?

うっそぉ!

いやいや。違う違う。
主人公のCV名は私じゃないし。
私の名前は下の方だし。

いまビデオコンテ作ってるとこだって言ってたけど。

監督とシナリオライターの間でなんかあったのかなぁ。

と、と、とにかく。

本番までまだ一ヶ月あるから、台本読みこんどかなきゃ。

役作り役作り。

<シーン3:渋谷のアフレコスタジオ>

◾️SE:スタジオのガヤ

「おはようございま〜す!

禍ツ魂で入らせていただきます!ルイです!

よろしくお願い申しま〜す!」

15分前。

よし、まだスタッフさんだけだ。

じゃなくて、音響監督さんは副調整室の中か。

モブシーンを先に録ってるんだ。

あ、あの子たち。

私の同期。

今回はモブ役なんだね・・

◾️SE:同期の声優がスタッフに対して「おつかれさまでした」

「あ、あ・・お、おつかれさまでした。

あ、あの・・・」

え?

なんか、フツーにスルーされちゃった。

どゆこと?
私、なんか、悪いこと、した?

と思う間もなく、鬼師役の声優さんが入ってくる。

そうだ、主人公。

彼女に決まったんだ。

別の事務所だけど、いま結構売れてる子だよね。

レギュラー5本以上やってる。

あの話題作の映画にも出てたんじゃないかしら。

年下だけど。

◾️SE:鬼師役の声優「おはようございま〜す」

「お・・おはようございます。

今日(きょう)は・・・」

「あ、監督。セリフでちょっとわからないとこ、あるんですけど」

え?

また?

ガンムシ?

そういえばレギュラーメンバー、みんなそこそこ売れてる声優ばっかりだ。

やっぱ、地上波のレギュラーアニメだもんね。

私、ここにいていいのかな。浮きまくってる。

ああ、どうしよう・・・

ただでさえ、人見知りするし、人と話すの得意じゃないのに。

◾️SE:音響監督「よし、じゃあスタンバイ!リハホンでいくぞ」

「はい」

「は、はい・・」

◾️SE:音響監督「まだ絵がVコンでボールドないから、自分のタイミングで入って」

◾️BGM:盛り上がる鬼出現のBGM

「出たな、禍ツ魂・・・」

「きさま、鬼師の分際で・・」

◾️↑2人同時に言葉が被る

「え?」

「あ」

セリフが被ってしまった。

そんなミス、フツーありえない。

スタジオの副調がザワつく。

「ご、ごめんなさい。台本に・・」

「それ、古い台本じゃない?」

「え、そ、そんな・・・」

「決定稿はこれよ」

「わ、私その台本(ほん)もらってない・・・」

「マネージャーに文句言っときなさい」

「は、はい。すみませんでした・・・」

「あ〜あ」

なんでだろう。

決定稿だっつって、一昨日事務所でもらった原稿なのに。

いつ入れ替わった?

あのとき、事務所にいたのは・・・

はっ。

さっきのモブの子たち。

まさか・・・

だめだめ。

そんなこと考えるもんじゃない。

それこそ、鬼になっちゃうよ。

予備のホンをもらってなんとかその場をしのぐ。

ニコリともせず、鬼師役の子はモニターに向かって見えを切る。

「出たな、禍ツ魂!

汚れた魂を私が作った瓦の結界で浄化してやる!」

「なにを鬼師の分際で!

返り討ちにしてくれようぞ!

雷(いかづち)よ、天を裂き、鬼瓦を打ち砕けい!」

◾️SE:雷鳴轟き豪雨が降りしきる

「念を込めた鬼瓦がおいそれと破れるものか!

臨(りん)兵(ぴょう)闘(とう)者(しゃ)皆(かい)陣(じん)烈(れつ)在(ざい)

前(ぜん)!」

「九字切り(くじきり)かぁ!

おのれえ!!」

「ノウマクサーマンダ バザラダン!」

「く、苦しい!心臓が・・・!」

え。

本当に胸が苦しい・・・なんで・・・?

なんとか、このシーンだけ乗り切らないと・・・

「ウンタラタ カン マン!」

「ぐえ〜っ!!!」

<シーン4:自宅のアパート〜1年後へ>

◾️SE:コーヒーを沸かす音

第一回目の収録はなんとか気力で持ちこたえた。

いったいなんだったんだろう?

胸の痛み。

スタジオから出たらすっとひいたけど。

最後のシーン、一発オッケーでほんとによかったわ。

不安を残しながら、ゆっくりと収録の回数を重ねていく。

月1のアフレコの日程。
アニメーションの方は制作がだんだん追いついてくる。

最初は動かないラフスケッチのビデオコンテだったのが
清書のキャラクターになり、色がついていく。
アニメの本数は、1クール12本。

11話まで収録が終わり、アフレコもあと1話のみを残すだけとなった。

季節は巡り、気がつけば夏アニメのオンエアが一斉にスタート。

あっという間に一年が経っていた。

宣伝にあまりお金をかけないと言っていたプロデューサー。

そのせいか、あまり前評判に上がってこなかった。

まあなんとか、人気声優が出てるってことで

たまにネットニュースにはなってたけど。

あ、もちろん、人気声優ってのは、主人公のあの子ね。

私にとっては初めての大きな仕事だったから
わざわざテレビを購入して、リアタイでアニメ鑑賞。

TVの前で正座・・・って昭和の人ってこんな感じ?

◾️SE:TV音声

「ノウマクサーマンダ バザラダン!」

「く、苦しい!心臓が・・・!」

このシーン。

あのあと病院に行ったら、『心臓弁膜症』って言われたのよねえ。

加齢とともになる人が多いらしいんだけど、

調べてもらったら、先天性なんじゃないかって。

私、人前に出るの苦手だったし、あんまし大きな声とか出さなかったから。

症状でなかったのかも。

声優、やっていけるかな・・・

それでも収録は毎月。

私は、食事療法と運動療法を密かに続けた。

収録のときは薬をポッケにしのばせて。

まあ、あと一回だし。

がんばってやり切るぞ!

<シーン5:渋谷のアフレコスタジオ>

◾️SE:スタジオのガヤ

オンエアの一週間後。

最終回の収録で渋谷のアフレコスタジオへ。

エレベータが開(あ)き、スタジオのロビーへ足をふみ入れた瞬間。

◾️SE:クラッカーと「おめでとう!」の声と拍手・歓声

え?

なに?なに?

「おめでとう」

鬼師のあの子が笑顔で私に花束を渡す。

え?どういうこと?

わかんないわかんない。

「ひょっとして・・知らないんだ」

「え?なにが?」

「SNSとか見ないひと?」

「いや、昨日は・・・」

病院で点滴、とは言えなかった。

「あなたの演技。トレンド入りしてるわよ」

「うそ・・」

「うそなわけないじゃん。ほら、見て」

「・・・ホントだ・・・」

インスタもTikTokもエックスかっこ旧ツイッターも、バズってる。

私のあの演技が・・・

っていうか、演技じゃないけど。

彼女が投稿を全部見せてくれた。

”演技とは思えない鬼の断末魔”
”鬼声やばい”

”ホントに倒れてるんじゃね?”


はい、あのあと自宅で倒れました(笑

「ということで、ただいまグッズも爆売れ中。

DVD&ブルーレイも予約殺到。

制作スタジオも笑いが止まらないって感じ?」

「すごい・・・」

「そう、すごいんだって。

いま私が出てる作品の中で、一番話題になってるんだから」

後ろから音響監督が顔を出し、私に台本を渡す。

え?改訂?初見?

監督は首を横に振る。

いいから見てみろ、と目で合図を送る。

なに?なに?

どこも変わってないじゃん。

そう思って台本を閉じたとき、表紙のタイトルが目に入った。

『禍ツ魂』・・・

え?

え〜っ!?

「私からプロデューサーに頼んで変えてもらったの」

「どうして・・・?」

「だってもともと主人公はあんたじゃない」

「そんな・・・はっ!」

台本のキャストページをめくる。

キャストの一番上に、禍ツ魂の役名と私の名前。

「こんな手のこんだサプライズを・・」

「サプライズじゃないの。

1/2クール終わったところでプロデューサーから打診されてたんだ」

「うそ・・・」

「だからホントだって。疑り深いわねえ。

台本だけじゃなくて、オープニングタイトルも変わってるわよ」

「信じられない・・」

「初主演作の大ヒット、おめでとう」

彼女は、私が震えながら抱えていた花束をもぎとり、

もう一度私の胸に押し当てた。

「初回のテレビ視聴率は大したことなかったけど

ストリーミングの視聴数はものすごいわよ。

SNSなんてあのシーンの切り抜きが毎日どこかで出てくるし」

感動で胸が震える。

心臓・・大丈夫かな。

「さあ、バズった後の収録だけど、泣いても笑っても今日で最終回よ!

ブースへいきましょう!」

◾️SE:拍手・歓声

「はい!がんばります!」

拍手に包まれてアフレコのブースへ。

あかん。

ティッシュ持ってしゃべらないと、ウルウルして画面のボールドが見えない。

その日の光景は、きっと一生忘れない収録になるだろう。

<シーン6:高浜の海辺>

◾️SE:静かな波の音

「やっと来れたわね」

「うん・・・」

「あのあとはインタビューやらなんやらで

キャストが集うこともできなかったもんね」

愛知県高浜市の田戸の浜(ととのはま)。

彼女と私は、階段になった海辺に腰を降ろす。

アニメのヒットを記念して、高浜市がキャスト全員を招待した。

一泊二日。

明日は丸畑公園というところでトークショーと朗読劇をおこなう。

結局、アニメ『禍ツ魂』は1クール12話放送したあと、続編となる劇場版を公開。

第二期も制作が決まった。

私は出られるかどうかわからないけど・・・

「夕陽がきれい」

「ほんと」

衣浦大橋に沈む夕陽を眺めながら、彼女が呟く。

「『鬼手仏心』(きしゅぶっしん)って言葉知ってる?」

「知らない。なあにそれ?」

「『鬼』の『手』に『仏』の『心』って書くの」

「へえ、どういう意味?」

「医者が使う言葉」

「医者?」

「『鬼手』っていうのは、外科医が手術する手のこと。

『仏心』は、患者を治そうとする心のことよ」

「え・・・」

「手術はいつ?」

「あ・・・」

「聞いたわよ。心臓の手術するんでしょ」

「・・・うん」

「ちゃんと戻ってくるんでしょ」

「う・・・うん・・・」

「戻ってきなさいよ!

次の作品も決まってるんだからね」

「次の作品??」

「そ。ここ高浜市の伝説をベースにした、なろう系の作品」

「そうなんだ・・・」

「鬼師のアニメが大ヒットしたじゃない。

それでみんな聖地巡礼にくるようになったから、今度は高浜発の作品を作りたいんだって」

「へえ〜、どんな作品なんだろう?」

「『蛇抜』(じゃぬけ)ってタイトルみたい」

「じゃ・・ぬけ?」

「『蛇』が『抜』ける、って書くの」

「おもしろい。どんな内容?」

「『竜田』(りゅうだ)というところに大蛇が住んでいたんだって。

その大蛇が若者に変身して美しい娘の元へ通うの」

「ほお〜」

「でも正体がバレて、退治されそうになる。

かわいそうに思った長者さんが助けて逃してやると

大蛇は衣ヶ浦を渡って知多へ抜けたらしいわ」

「ふうん」

「これ、どうやってアニメにするんだろうね」

「ほんと」

「声のイメージ的に私はきっと主人公の娘だから

あんた、大蛇を演ってよ」

「大蛇?男子じゃん」

「いいじゃん。最近は異世界ものでも女性声優が青年の声やってるし」

「うん、まあ・・」

「それに大蛇だからジェンダーレスってことで」

「なにそれ」

「とにかく、あんたと私は共演する、ってこと」

「わかった」

彼女が私の手を握る。

『鬼』の『手』に『仏』の『心』。

うん。

きっと大丈夫。

夕陽を浴びた彼女の顔は、

本当に『仏』のように、慈悲に溢れていた。

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