真蛇〜鬼面の涙(2024年6月)

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  • 主人公・・・23歳の鬼師。複雑な過去を持ちながら地元・高浜で鬼師として修行中。鬼師の技能評価試験に向けて作品を製作していたある日、不思議な夢を見る・・・

<シーン1/歌舞伎・娘道成寺一幕〜>

■SE〜歌舞伎の鼓・拍子木・太鼓の音

(つき)は程なく入汐(いりしお)の 煙満ち来る小松原
急ぐとすれど振袖の びらり帽子のふわふわと しどけなりふり

■BGM〜

また夢を見た。
小面(こおもて)の能面をつけた美しい女性が闇の中を舞う。

私は鬼瓦を作る鬼師。
いや、・・・鬼師を目指す見習いだ。

幼い頃からクラシックバレエを習い、最近では声優や舞台女優をやりながら、地元高浜で鬼師の修行中。

だから、まだ鬼瓦というものを作ったことはない。
評価試験のために、作り始めたけど・・・止まっている。

図面すら引く前に。

ロジックはわかってる。

乾燥して縮む量を計算して原寸大の図面を引く。
土を調合して練り上げる。
瓦の土台となる部分を作り、その上に土を盛り付けて鬼瓦に仕上げる。

わかっているのに、どうしてもできない。

鬼の顔。鬼面。

それは家を守るため、どんな魔をもはじき返す強い力がなくてはならない。

一体どんな恐ろしい鬼の面を描けば、魔を退散させられるのだろう。

ほどなくしてまた夢を見た。
夢?本当に夢だったのか?
まるで平安京へ異世界召喚されたようにリアルだった。

<シーン2/出会いと別れ〜清姫・安珍>

■SE〜食卓/小川のせせらぎ

「あ・・・
申し訳ありません。
川の水を飲もうとして、岩で脚を傷つけてしまいました」

「そんな。お手間をおかけするわけには・・・」

「あなたは・・・」

「まあ、そんな長旅を・・・お疲れでしょうに」

「知った場所なのに軽率でした。
ありがとうございます。私は清姫と申します」

彼は怪我を負った私によく尽くしてくれた。
かいがいしく面倒をみてもらううちに
心の中に小さな炎が灯っていく。

ある日、私が蜘蛛の巣につかまった蝶を助けていると、

と、声をかけられた。

「どういうこと?」

「たまたま蝶々が哀れだっただけ。
私には、もっともっと、我が命より愛しい方がおります」

と言いかけて、彼は口をつぐんだ。

僧侶だもの。
はっきり口には出せないのだろう。

彼は、僧・安珍は、言葉には言い表せないほどの見目麗しさ。
私だって、村いちばんの器量良しと褒めそやされ
誰にも嫁がず、運命の人が現れるを待っていた。
だから、最初安珍に声をかけられたときから、胸が熱くなった。

恋の炎はあっという間に大きくなっていく。
専修坊で怪我の手当をしてもらいながら、私は安珍との時間を堪能する。
彼の話は私を惹きつけ、私は知らず知らず彼の出立を引き留めていた。

それでも旅立ちの日はやってくる。
私は思い切って、彼に思いを打ち明けた。
彼は少しだけ戸惑う表情を見せながらも

と私の目をみて答えた。

「うれしい。お待ち申しております。その前に・・・」

「熊野へ出かける前に私のところに寄ってください」

純潔を捧げる。彼にその意志を告げた。

だが、彼はこなかった。
私は恥ずかしさと悔しさで心が震える。

安珍は、別れも告げずに旅立っていった。
その後も約束を信じて、待てど暮らせど、彼は現れない。
食べ物も喉を通らず、あれほど輝いていた肌艶も褪せていく。

そんなある日のこと。
専修坊に立ち寄った別の僧侶から、安珍一行が美濃国を抜けていくと知った。
それはすなわち三河国へは寄らないということ。

どうして?
あれほど固く約束を交わしたのに。

憎しみの業火が心を包んでいく。
いてもたってもいられず、私は安珍を追って美濃国へ向かう。
私の姿を見た彼は、人違いだと言う。
すんでのところで私から逃れ、今度は逆方向の三河国へ。

あな、うらめしや、安珍めが。

<シーン3/歌舞伎・娘道成寺二幕>

■SE〜歌舞伎の鼓・拍子木・太鼓の音

さりとてはさりとては 縁〔えん〕の柵〔しがらみ〕せきとめて 恋を知らざる鐘つきの 情〔なさ〕けないぞや恨〔うら〕めしと 忘るる暇〔ひま〕も涙川〔なみだがわ〕 恋の氷〔こおり〕に閉じられて 身を切り砕く憂き思い
 
必死で逃げる安珍。
藤江の渡しで海を渡る。
船頭は私の邪魔をして乗せようとしない。

おのれ、皆をして恋路の邪魔をするのか。

やがて安珍は、専修坊へと逃げ込んだ。
住職は彼を鐘楼の中へ隠し、吊り下げていた紐を切った。

安珍!よくも!

気がつけば、私の顔は少女から、般若の鬼面へ。
もっとも恐ろしいとされる真蛇(しんじゃ)の面へと変化(へんげ)していた。
体は大蛇(おろち)と化し、鐘楼に巻きつく。

安珍憎しや!心もろとも焼き尽くそうぞ!

体から溢れる炎が鐘楼ごと焼き尽くす。
安珍の断末魔の叫びが耳に届いたとき、真蛇の面からは涙が。

私はそのまま稗田川まで行き、入水(じゅすい)した。

憎い安珍。それでもやはり愛する思いは止まらない。
愛憎が入り混じった真蛇の面。
口は耳まで裂けた恐ろしい表情だが、
吊り上がった目には深い哀しみをたたえる。

どれほどの魔であろうと、決して寄せ付けない迫力。
清姫となった私は、自らの面を俯瞰で見下ろしていた。

<シーン4/鬼師の工房>

■SE〜祝福の声「おめでとう」

私の作った鬼面、鬼瓦は鬼師の評価試験中級に合格した。

能舞台では、若い女性の小面は早変わりで般若の面に変わる。
私がしつらえたのは憎しみと、悲しみと、慈しみが最高潮に達した鬼の面。

生娘の清姫は憎しみだけで安珍を焼き殺したのではない。
極限まで愛してしまったからこそ、裏側の憎しみという真蛇が現れる。

これこそ、真の鬼面。

鬼瓦は、市の重要文化財の屋根に載せられた。
もし、そこを通ったら少しだけ見上げてみてほしい。
鬼の顔が、愛情と悲しみの表情をたたえているはずだ。

その結界を破って入ってくる魔など、ありえないだろう。

■SE〜歌舞伎の鼓・拍子木・太鼓の音


恋をする身は浜辺〔はまべ〕の千鳥〔ちどり〕 〔よ〕ごと夜ごとに袖〔そで〕〔しぼ〕る 君に逢〔お〕う夜〔よ〕は梢〔こずえ〕の烏〔からす〕 可愛〔かあい〕可愛と引きしめて 交わす枕のかねごとに

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